1月からなんとなく始めたブログ。
気がつけば毎日書いていたけれど、昨日止まった。実は東京行きの高速バスの中でアップ目指して書いていたけれど、揺れる車内でうまく入力できず、諦めた。
けれど、ちょっとホッとしている。書きたいことよりも、毎日書くことが目標になりかけていたような気がしていたからだ。あっさりやめて、目を閉じる時間にした。
東京へ通うのも、昨日が終わってあと2回になった。
1年。休んだ週もあったけれど、通い詰めた。ものすごくいろんなことを考えて、学んだ貴重な時間だったけれど、一方で体力的もキツかった。途中で意味を見失ってやめようと思うこともあった。けれど、ここで学ばないともう考えてみようと思う機会がなくなる気がして、いろいろ理由をつけ、おまけもつけながら通った。
テーマは、最近耳にすることをが多くなった「マインドフルネス」。
昨日のテーマは「徹底的に受容する」だった。
言っていることは分かる。けれどこれが簡単にできるなら本当に楽になる。
簡単に言ってくれるなよ。
毎週通う中で、そこで話される内容よりも、そのテーマを持ち帰り、1週間取り組んでみて、その結果感じたことをシェアすることに重きを置いたグループワーク。
今週は過去の出来事を振り返り、見つめながら、「徹底的に受容する」がテーマだ。こりゃキツい、と思った。けれど、なんでもそうだけれど、実践できてこそ学びなのでやるしかない。
毎回帰ってきてからノートを書き直してまとめている。そのついでなので、少しご紹介したい。
<徹底的受容とは>
1.「徹底的」とは「常に」「完全に」「全て」ということを意味する
2.それは、自分のマインドや心や身体で受け入れるということである
3.それは、現実と闘うことや、望まない現実に怒ることをやめるということである。
苦しみを手放すということである。
<受け入れるべきこと>
1.ありのままの現実を受け入れる
2.現実的な限界を受け入れる必要がある
3.苦痛や苦悩を生み出すような出来事や状況も、そこに至る理由があることを受け入れる
4.辛い出来事であっても、人生は価値あるものになり得る、ということを受け入れる
一部分だけれど、これだけ書き出しても、ボクにはハードルが高い。
怒りも、悲しみも、目を逸らすことは割とできる。けれど、ひとたび目線を戻せば、勝手に消える訳ではないから、いつまでもそこにある。これが続いた方が苦しい。ならば、マインドフルネスを応用しながら、受け入れてしまおう。
実は、このあとに「何故それをするか」が続くけれど、こんなまとめがある。
"苦痛は避けられない。苦痛を感じることは、何かが間違っているときの自然な反応でもあるから"
ちなみに、宗教でも、自己啓発でもなんでもない。
アメリカの心理学者が開発した認知行動療法の一種からの応用なので、エビデンス(科学的根拠)がある。
率直に言って、もっともキツいと感じている時期に、もっともキツいと感じる内容。
正直に言えば、毎日ツラくて、いつも泣いているような今だけど、だからこそ与えられたテーマなのかもしれない。
もうひとつだけ「何故それをするか」のまとめから。
"受け入れることは悲しみをもたらす。けれど、大抵深い平穏が後に訪れる"
せっかくここまでやってきたんだ。
できるかできないかじゃなくて、やるしかねぇな。




