半年、仕事を休ませていただいた。

じゃ、職場を半年も離れたんだから、さぞかし回復しただろうと思われているようだけど、残念ながらそうでもなかった。特に今回は、普段職場に遊びに行っているわけではないけれど、ひとりの時間を与えられたことは、少なくともボクの場合、とんでもなく過酷なことだった。

 

けれども、出来事を切り離して考えても、自分が不安定だった理由はいくつか分かった気がしている。

ひとつは、情報過多であったこと。「マルチタスクやめます」とは宣言したものの、やっぱり頭の中では何も考えていないようで、やっぱりたくさんのことを考えて、多分休んでいない。その中には考えてもどうしようもないこともかなり含まれている。

改めて思うのは、思い込みの強さを認識したこと。そんな定義は誰も決めていないのに、今までの自分の経験や、中途半端な聞きかじりの知識で、出来事に勝手に意味を書き加える。

 

できれば事実と解釈は切り分けたい。

それができない、と言い切ると、それも立派な思い込みなので、これは今後のテーマでもあるかな。

もうひとつは「寝ること」。

寝てなかった。もっとも憔悴していた昨年7月は、寝る環境を1ヶ月あまり整えることが出来なかった。それは憔悴に拍車をかけたし、極端な思考や感情にも大きな影響を示した。

ずっと睡眠障がいとはつきあってきた。この原因は今も分からないし、今朝だって、測ったように4時には目が醒めてしまったら、「早朝覚醒」は残っている。

 

けれど、不安や悩みを抱えながらも、年明けくらいからかな、ここ十年以上なかった「寝落ち」をするようになった。生活リズムが作れない弊害や、自分で言うのもどうかと思うけれど、相当疲れていたんだと思う。けれど、いい傾向だとも思った。だって、それまで入眠も困難だったんだもの。

一時期は仕事を変えるどころか、このまま引きこもりになって、社会的な支援を得るか、とも考えた。けれど、やっぱり現場にも未練はあった。

2年続けての半年の休職。その原因は違えど、客観的に見たら「使えない奴」だ。それははっきり言われた。悔しかった。一昨年の異動で「今度はこんなことをやりたい」とたくさんの希望を持って赴任しただけに、休職には悔しさもあった。

 

そろそろ戻るための準備は始めているつもり。

けれども、やっぱり戻るためには「回復」を証明しなければいけないし、もう次はない、という思いは本人も職場も一緒だから、原因となったことは検証しておきたい。

 

事実は変わらないし、これからも意識から消えることはないと思う。けれど、いったんそれは横に置いておいて、自分を整える手段だけは持っていたい。

そういう意味では、まずは少しは眠れるようになったことは大きい。特にどんなにクスリを飲んでも入眠困難だったのが、クスリなしでもいけるようになったのは、少しだけ自信を回復している。

自分自身について「どうしてだろう」と考えることって悪くないけれど、度が過ぎるとそれが原因で体調を崩すこともある。けれど、自分マニュアルを作るなら「情報過多を避ける」「睡眠を確保する」加えて、「適切な栄養を摂る」、ということかな。

 

今日から職場復帰に向けての助走が始まる。助走というよりいきなり全力疾走に近いけど。

自信に溢れている訳ではない。けれど、いくつかの新しい武器も持った。

まずはやってみよう。そこからだ。