アスペルガーと一緒にいてカサンドラになるひとにアダルトチルドレンが多いと聞く。
わたし自身、機能不全家庭で育ったと思っているので、アスぺ夫を選んで結婚したのも自然の流れだったのかもしれない。
一般的に不遇な子ども時代というと、親の離婚とか極度の貧困とかを思い浮かべるけど、
わたしの場合は父からの虐待や威圧的な態度で、3食食べさせてもらえなかったとか学費を出してもらえなかったとか
外から見てわかりやすいものではなかった。
当時は児童相談所なんてものの存在も知らなかったから、通報する術も知らず、ただただ我慢の日々だった。
父はわたしが幼稚園の頃に起業した。
いま思えば仕事のストレス(不安)は相当なものだったろうと思う。
家の隣が仕事場という環境もあって、そのストレスの矛先は3人きょうだいのなかでも在宅がちな末っ子のわたしに向いた。
殴られる理由は毎回違っていて、玄関の引き戸が数センチあいているとか、靴が斜めに傾いているとか、
食事中に肘をテーブルに一瞬ついたとか、風呂上がりに着替えをすぐにしなかったとか、
年頃になって眉毛を剃ったこととか、家庭学習の進みが悪いとか、、
どれも本当に取るに足らないことばかりだった。
そんなくだらないことで前歯が抜けるまで何度も殴られたり、押し入れに何時間も閉じ込められてガムテープで目張りされたり、
雪が降り頻る北国の寒空の下に何時間も下着姿で立たされたりした。
そこまで行かなくても毎日のように大声で怒鳴られたり、わたしが嫌がることを平気でしつこく繰り返したりもした。
父が寝室のある2階から降りてくる音が恐怖で仕方ない毎日だった。
本気で殺したいと思った。
だから夫と出会った時、全然喋らなくて声も小さくて怖くなくて頼りないけど
「もう殴られなくて済む」
そう思って安心した。
確かに結婚当初はいいひと(優しいひと)と結婚したと思っていた。
けどそれは間違いで単に他人に関心のないひとだった。
だからしばらくして機能不全家庭で育ったことや自分が苦しかった虐待の記憶を語っても
共感も慰めの言葉も得られなかったし、情緒的なつながりが築けない毎日にイライラも募った。
そのうちわたしが精神的に不安定になり、ヒステリーをおこすようになると
「殴られて仕方のない人間だから殴られてたんじゃない?」
と親の肩をもつようになってわたしの精神は完全崩壊した。
想像力のないアスペルガー夫にわたしの苦しみを理解してもらおうとするなんて、
なんであの頃は無謀なことばかりやっていたんだろうと今になれば思う。馬鹿だったな。