1989皐月賞馬 ドクタースパートが死亡  | ゴンチャロフの気まぐれ日記

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1989年の皐月賞を制した

ドクタースパートが10月28日老衰のため亡くなりました


父  ホスピタリティ

母  ドクターノーブル

母の父  タケシバオー


ダートの1200メートルと芝の3600メートルを

レコードタイムで走りました


今思うと母の父タケシバオーなので

オールマイティーだったのかもしれません

 
10月12日に静内種馬場にお伺いした時に
ドクタースパートは体調を崩して職員が交代で診ているので
見学は出来ないとの事でしたが
その約半月後に亡くなってしまいました

産駒には恵まれませんでしたが

大事にされていた余生だったと思います

(代表産駒は師匠の中川郁夫牧場産の

ドクタークロス、スパートクロスがいます)


地元の帯広競馬場でデビューして3着、2着のあと
4連勝で北海道3才優駿を制し
その後中央入りして京成杯3歳Sを
とても届かないような所から差し切り勝ち5連勝


休養挟んでスプリングS追い込んで3着
皐月賞優勝して的場騎手に初めてのクラシックを
プレゼントしました


しばらくスランプが続きましたが
旧5歳のステイヤーズSで久々の勝利を飾りました


最後の3コーナーからの行きっぷりが良くて
「ドクタースパートってステイヤーだったんだ」
と思った矢先に屈腱炎を発症して引退となりました


当時の土曜夜の中央競馬ダイジェストで見た
ステイヤーズS  塩原アナウンサーの


「ドクタースパート踏ん張った!さすが皐月賞馬!」


のフレーズが忘れられません


どうぞ安らかにお眠り下さい



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