お恥ずかしながら54歳になりました。
くそジジイなのにお祝いも沢山頂き
申し訳ない。
でも、嬉しいです。
昨年の後半よりずっと
『マリア様がみてる』を読んでいます。
全37巻を読破しようと。
随分昔に1巻(無印)は読んでいたので
ひとまず、祥子さまの卒業の回、
『ハローグッバイ』を読み
そこから2巻、3巻……
と進めていきました。
無印が刊行されたのが1998年。
33巻目にあたる祥子さま、令さま卒業の
『ハローグッバイ』は
2009年発行と奥付にあります。
作者の今野緒雪さんは
リリアン女学園の約2年間を
10年かけて書き続けられたのですよね。
どのお話も素敵でした。
自分はこうありたいと思っていても
周囲がそれではマンネリだからと
赦してくれなかったり、
次の段階に進まねばと足を
踏み出してみたなら
変わっちゃったね、もう必要ない
と、見限られてしまったり、
10年は決して
順風満帆ではなかったと思います。
それでも完結
(最終巻『フェアウェルブーケ』は2012年)
に至らせた今野緒雪さんの偉業に
只々、頭が下がります。
掲載誌の『コバルト』が
発行部数を減らせていく過程も
重圧になったことでしょう。
完結に至ったのは
想像するに、ずっと読んでくれる読者、
そして新しく読み始めた読者の
後押しがあったからではないでしょうか?
どんなに強くとも
読んでくれる人の声が聴こえないと
持久戦を戦えやしません。
自分も書き手であるから、
そう感じます。
たった一人の
読者の平凡な手紙でいいのです。
祥子さまの卒業がどうなるのか
それを思うと読みたいような
読むのが恐いような……
毎回、そんな手紙が
一通でも届き続ければ、
作家は書いていけます。
そういうものです、作家とは。
先に『ハローグッバイ』を
読んでしまったものですから
その前の32巻『卒業前小景』は
箸休め的な小品集だろうと
たかを括っていました。
しかし、侮っていた!!
『卒業前小景』これは最高傑作ですよ!
舞台は、祥子さまや令さまの卒業式の
一日前のリリアン女学園。
ずっと泣きながら読んでいました。
全部の内容は教えませんが、
最初のエピソードが、
個人的に突き刺さって
そこから涙腺は壊れたまま。
祥子さまが下級生から
サインをねだられるシーンがあるのです。
祥子さまは、
チャラチャラしたことを
しないキャラだと思われていて
頼んでくる人は殆どいないのだけど、
しないと決めているではなし、
快く応じる——。
僕は刊行ごとに大抵サイン会をします。
でも、サインをしていて解るのは、
相手が
別にサインが欲しい
訳ではないんだということ。
大抵の場合、サインは
本人であることの
保証書、お墨付きとして
機能します。
勇気を出して
祥子さまにサインを求めた下級生は
誰かに自慢したくて
祥子さまにサインをねだったのではない。
自分が祥子さまと、ひととき、
同じこの学舎で過ごした事実を何らかの
形にしておきたかった。
それは幻でなかったと
未来の自分に教える為に——。
リリアンにおいてはスター的存在の祥子さま。
すれ違い、挨拶をすることはあれども
お近付きになるなんて考えることも出来ない。
けれども、祥子さまと自分は
同じリリアンの生徒だったのだ。
サインは、その証。
僕が率先して読者のサインに応じるのは
祥子さまにサインを請うた下級生と同様の
気持ちでそれを求められていると
思っているからです。
単に著名な人に逢ったから記念に
とサインを求められる時は、
いい加減なサインしかしません。
僕らは、ずっと一緒にいられる訳じゃない。
それでも今は同じ空間で息をしている。
この限られた時間の一欠片だけでもいい
写真のように遺しておきたい。
貴方のものに私の名前を入れましたよ。
まるで白いハンケチに自分のイニシャルを
刺繍するように
サインを施す。
祥子さまが卒業式の一日前に
サインをするエピソードは
もう『マリみて』は完結が近いのだから
愛してくれた『マリみて』の読者の
一人一人と
何かを共有したいという気持ちから
今野さんが加えたもの
だと思えてならないのです。
だって今野緒雪さん自身も
リリアン女学園を巣立っていかねば
ならないのですから。
多くの描写はないものの、
この時の祥子さまのいつになく
優しげな、柔らかな、佇まいが、
読むと伝わってくるのですよね。
あー、もう少しで全巻読了してしまう。
困ったなぁ。
僕は次に『お釈迦さまもみてる』を
読めばいいのでしょうか?
2022.02.05