高野山
東京別院
昨日のお知らせをかみしめながら、思い立ってここに来ております。
高野山東京別院。いつでも写経をすることができるとお聞きして伺ったのです。
断捨離ともゆかりのある、聖地ですね。
写経が
般若心経では
ありませんでした
私が、案内された時は、お一人の方が、写経中でした。
受け取った、紙をみてびっくり。
般若心経じゃなかったの。
ナンダコレ。
般若理趣経百字偈
(はんにゃりしゅきょうひゃくじのげ)
たしかに、100文字ありました。
無知な私は、写経イコール般若心経なんだと思ってました・・・。
理趣経、というのは聞いたことありますが、しかし、聞いたことがあるだけ(-_-;)
意味はわからぬながらも、一文字一文字、書きつづります。
この、大覚寺さまの筆が、本当に書きやすくてですね。
私、一生、これで写経する! といまのところは決めてます。
やがて、お堂には私一人になりました。
自分のペースでできるって、すばらしい。
こういう時も、同行二人の心でいいのかな。
いいといたしましょう。
そして私も、ぶじに書き終えて、お大師さまにご挨拶して、お納めしました。
お経の最後には、「為、〇〇〇〇供養」と添えて。
大切を突き詰める
毎日へ・・・
思えば、親戚のおじさんおばさんが言っていました。
朝、必ず〇〇(私の父の名前)のことを思いながら、お線香をあげているんだよ。
私も、自分の気持ちを彼女に届けたかった。
まさか自分がそういう心持ちになるなんて信じられません。
改めて、これからの私は、本当に大切なものは何なのか?
本当にやりたい事は何なのか?
それをしっかり形にしていくことなのだろうと感じます。
理屈でもなく、理屈倒れでもない。
身体と心(言葉)と住まい(意識)で、果たせるようにしたいとおもいました。
高野山別院からの帰り路、老舗の書道用品のお店に寄って、筆ペンや和紙を買ってまいりました。
なかでも、素晴らしい文鎮に、一目ぼれしました。
職人さんの手作りで、真ん中に擬宝珠(ぎぼし)がデザインされた、上品ないぶし銀のもの。
この文鎮にふさわしい、部屋にしつらえたいものです。
部屋の格を決めるのはモノだし、モノが輝くのは部屋あってのこと。
いままではオフィスとして使っていましたが、「庵(いおり)」のようにしたいなあ。
そんなふうに、断捨離しましょう。
と決めました。