5/2(土)の朝、おかんが倒れた。
前兆はあった。前日から激しい頭痛とめまいを訴え、ゲップのような吃逆を繰り返していた。そして夕方になって大量に嘔吐。何かの病気なのは間違いなさそうだ。ふと頭をよぎったのは脳梗塞や脳出血。しかし呂律は回っているし自分の足で歩けてもいる。
「キョウハヨイテンキデスと言ってみ?」とワシが言うと「キョウハヨイテンキデス」「キョウハヨイテンキデス」とおかんは問題なく言葉を繰り返した。
ワシが風呂から上がってもリビングから念仏のように声が聞こえてきた。
「キョウハヨイテンキデス」「キョウハヨイテンキデス」
まだ繰り返している。
なんだ、元気じゃないか。
たぶん脳ではないな。少し安心した。
この日はとりあえず常備薬のドンペリドンとSM配合散を飲ませ、ゲロった時用のビニール袋を傍に置いて寝てもらった。
翌朝、おかんはリビングのソファでぐったり倒れていた。吐瀉物でパンパンに膨らんだ袋を首元からぶら下げて。衰弱していて自力で立てないという。
救急車を呼ぼうかと言ったがおかんは拒否し「いいから仕事に行け」と言う。
昨夜は少年時代のウォーズマンのように袋をかぶって寝たそうだ。
しかし嘔吐があまりに続くのでこのスタイル(首元からぶら下げる)で落ち着いたらしい。また、嘔吐だけでなく下痢を繰り返したのも体力を奪ったのだという。
ん?下痢・・・だと?
嘔吐と下痢・・・
ノロか!?
たまたま賞味期限切れ間近のオーエスワンが家にあったので、それでその場は凌いでもらい、ワシは連休前最後の仕事に出かけた。
仕事から帰宅すると、おかんは少し元気になっていた。少しだがうどんも啜れたという。
「夕飯は何がいい?もう大丈夫だから何でも作るよ」と言うが、ワシも昨日から色々と気を使ったせいか全く食欲が無く、ただの雑炊で良いと答えた。
そして晩飯は本当にただの雑炊になった。
ここから悲劇が始まる。
いつもなら5分もあれば平らげるであろう茶碗一杯の雑炊にワシは大苦戦した。空腹なはずなのに腹がいっぱいで苦しい。せっかく作ってもらって申し訳ないが雑炊を2/3ほど残し、ワシはソファに横になった。
便秘ともちょっと違う、でも腸に何かが詰まってるような・・・なんて考えてるうちにみるみる吐き気を催してきて、ワシは大量に嘔吐してしまった。
そして翌日、ちょうど帰省していた愚妹までもが発症。ワシの7.5倍ぐらいのゲロを吐いた愚妹を病院へ連れて行き、ついにノロの確定診断が出た。
「最悪のゴールデンウィークだな」
ソファでぐったりしてそう言うワシに、おかんが蚊の鳴くような弱々しい声で言った。
「あんたのゴールデンウィークが最悪なのは今に始まったことじゃないヨ」
どういう意味だ?
聞けば、ワシは生後数ヶ月のゴールデンウィークにベビーカーから転落し、顔面を強打する事故を起こしたらしい。
そして4歳の時のゴールデンウィークには家族旅行で行ったかんぽの宿のソーセージに当たり現代では珍しい細菌性赤痢に感染。あまりに酷い血便で多くの医者が匙を投げ、一時は両親とも死を覚悟したのだと。
何も幼少期だけではない。4年前のゴールデンウィークだって旅先の鳥取でノロによる腸炎を発症している。
確かにゴールデンウィークにはたびたび不運なことが起きている。
そもそもなぜワシはこんなにもノロにかかるのか。
初めて感染したのは12年ほど前で、この時は生ガキが原因であった。食ったのは生食用であったが生食用と言えども100%安全というわけではないらしい。この時も発症したのは出先であった。
この日以来、ワシは生食用の生ガキを信用しなくなり一切口にしていない。にも関わらず、その後も3回感染することになる。
2回目は高知の海辺の貝焼きの店で二枚貝に当たった。この時は発症は自宅であったが、家に経口補水液が無いため脱水になり、身体中が冷たくなって死にかけた。
3回目が鳥取旅行の時。原因は不明。
そしてこの度4回目。やはり原因は不明。
おかんは数日前にスーパーで買った生しらす丼を疑っているが、証拠もないしはっきりしたことは言えない。
GWにはどこへ行こう、何をしようと色々計画を立てていたがノロのせいで全部パァ。
おかんは蚊の鳴くような弱々しい声で言う。
「ノロのおかげでゆっくり休めたじゃないか」
いやいや、こんなのはゆっくり休めたとは言わんだろう!
こんな「生きてるだけで丸儲け」みたいな呪われたGWがあってたまるもんか。
