気が付けばキモノ関係の記事書いてない…
ちょっと前のお話しですがー、河井継之助記念館に行ってきました

長岡の地に移り住んでもう5年…
幕末が大好きなのに、その時代の長岡藩を知らなかった私
季節も戊辰戦争な時期(イミフ)、こりゃぁイカン!と思って行ってきましたー

記念館は、河井継之助の邸宅跡地(の隣?)にありましたー

継之助氏と一緒に並んでみるwww
ハッ そういえば、八重の桜の継之助さんは異様におじさんでしたね(;´Д`)ノナニユエ
館内は、継之助の生い立ちや、北越戊辰戦争の様子、氏の愛用品などを見ることができました
司馬遼太郎氏の『峠』の原稿もあったよーーーっ!!!
そして、継之助が長岡藩で購入したガトリング砲の復元もあったwww
館のお姉さんが触っていいと仰るので、遊ばせていただきました

ハンドルまわして発射させるんですと。
るろうに剣心では武田観柳がぶっ放してたなぁ

いろいろ勉強できて楽しかった
でも、まだ勉強の足りない私には、
民主主義(デモクラシー)を理想とし、戦争を回避することを望んだ河井継之助が
なぜ旧幕府側で戦うことを選んだのか理解しきれない…
単に、徳川への義の心だけでは説明しきれない気がする…
戊辰戦争中とその後について、長岡と会津では生き方が少し違う気がする。
特に女性は、敵に屈するなら死を選ぶ会津と、敗北してなお生き抜くことを選ぶ長岡。
どちらの藩も徳川の封建社会で築き上げられた、理想の武士を貫いた藩だと思うのに。
ううぅ、この辺は勉強不足だからまたの機会で…
ウザくてすみませんwww
最後に、この日のコーデ

6月の終わりだったので、阿波しじらに半幅帯です
着物が渋めの配色なので、半衿をレース地の生地にして、
差し色にターコイズブルーの三部紐と、お気に入りのツバメの帯留め
次は北越戊辰戦争の記念館に行かなくちゃ(`・ω・´)キリッ
ちょっと前のお話しですがー、河井継之助記念館に行ってきました


長岡の地に移り住んでもう5年…
幕末が大好きなのに、その時代の長岡藩を知らなかった私
季節も戊辰戦争な時期(イミフ)、こりゃぁイカン!と思って行ってきましたー


記念館は、河井継之助の邸宅跡地(の隣?)にありましたー

継之助氏と一緒に並んでみるwww
ハッ そういえば、八重の桜の継之助さんは異様におじさんでしたね(;´Д`)ノナニユエ
館内は、継之助の生い立ちや、北越戊辰戦争の様子、氏の愛用品などを見ることができました

司馬遼太郎氏の『峠』の原稿もあったよーーーっ!!!

そして、継之助が長岡藩で購入したガトリング砲の復元もあったwww
館のお姉さんが触っていいと仰るので、遊ばせていただきました

ハンドルまわして発射させるんですと。
るろうに剣心では武田観柳がぶっ放してたなぁ

いろいろ勉強できて楽しかった

でも、まだ勉強の足りない私には、
民主主義(デモクラシー)を理想とし、戦争を回避することを望んだ河井継之助が
なぜ旧幕府側で戦うことを選んだのか理解しきれない…
単に、徳川への義の心だけでは説明しきれない気がする…
戊辰戦争中とその後について、長岡と会津では生き方が少し違う気がする。
特に女性は、敵に屈するなら死を選ぶ会津と、敗北してなお生き抜くことを選ぶ長岡。
どちらの藩も徳川の封建社会で築き上げられた、理想の武士を貫いた藩だと思うのに。
ううぅ、この辺は勉強不足だからまたの機会で…
ウザくてすみませんwww
最後に、この日のコーデ


6月の終わりだったので、阿波しじらに半幅帯です

着物が渋めの配色なので、半衿をレース地の生地にして、
差し色にターコイズブルーの三部紐と、お気に入りのツバメの帯留め

次は北越戊辰戦争の記念館に行かなくちゃ(`・ω・´)キリッ