その昔、今では考えられないような過激な映像を生放送していたテレビ番組があった。

その番組の名は『TVジョッキー日曜大行進』。

毎週、悪趣味な映像をこれでもかと垂れ流し、常にPTAから俗悪番組のレッテルを貼られ続けていた日曜お昼の怪物番組である。

問題は、番組中の「奇人変人」コーナー。

1976年5月9日、これに出演した少年が“生でゴキブリを食う”という荒技をテレビ1億人の前でやってのけ、昼飯時のお茶の間を大パニックに陥れたのだ。

その後、「胃の中でゴキブリが繁殖して、少年は内蔵を食い破られて死んだ」という噂話が全国で語られはじめ、その噂は数十年を経ても、新鮮な都市伝説として伝えられ続けてきたのである。

あの少年は本当に死んだのか!?

生きているのなら、いまどこに?

当時の番組は生放送であったため、テレビ局にはVTRが残されておらず、ましてビデオがまだ普及していない時代の出来事である。

1971年3月21日の放送開始から、番組終了までの奇人変人出演者の総数は総勢1100人以上を数え、この中からたった1人の人間を探すのは困難を極めた。

だが、新聞縮刷版のラテ覧を丹念に調べると、番組でゴキブリ食虫芸を披露した素人は「過去に3人いた」ことが判明。

そのうち2人は同一人物であったことがわかったのだ。

1973年11月18日にゴキブリを唐揚げで食べた少年と、1976年5月9日に登場した件の少年である。

実は、1973年に中学3年生でゴキブリを唐揚げにして食べた少年が、その3年後、高校3年生になって、そのキワモノ芸をよりパワーアップさせてブラウン管に帰ってきていたのであった。

それまでに蓄積していた資料から、その少年は、青森県八戸市からやってきたN・H君であることをようやくつきとめる。

あとは変わった名字から、少年の自宅を住宅地図から捜し出すのは、そう時間はかからなかった。



■少年の家に行ってきた!

住宅地図を頼りにN・H君の家の前に立ち、玄関の呼び鈴を鳴らしてみた。

応対に出てくれたのは少年の母親。

母親は当時あんなキワモノ食虫芸で学校に行ったらイジメられるのではないかと心配したが、そんなことはなく、むしろ彼はテレビのおかげでヒーローになることができたという。

いい気になって、その後も友人にせがまれるたびにゴキブリを食べてみせていたというが、ついぞ死ぬことはなかった。

そして、ゴキブリ少年は地元工業高校を卒業後、東京の国士舘大学へ進学。

車好きだった彼は将来は車の整備士になる予定だったが、大学卒業後はスーパーマーケット業界紙の記者になったという。

だが、本人に会いたいと申し出ると、母親の顔が曇った。

息子は何年も連絡が取れず、行方がわからないのだという。

せっかく行方を訪ねて青森まで来たというのに、逆にこちらが行方を尋ね返されるという始末であった。

10代でゴキブリを食べて母親をハラハラさせた少年は、壮年になって、またしても母親をハラハラさせていたのである。

ゴキブリ少年は、今どこに…!?

(週刊実話発)
















そっとしといてやろう。( *・ω・)ノ

ゴキブリを食べてクラスの人気者になっても、社会人になったら単にキモいだけだぞ。

消したい過去だ。

忘れてやろうかいな?

で、その少年「今は中年」はどこにいる?

死んでるかも。

なら、恐山のイタコにゴキブリ少年の霊を呼び出してもらえば、その後どうなったかわかるさ。

さあ、イタコの出番だ!( *・ω・)ノ

真相に迫れ!



ブー(^0_0^)



(^-^)/(^-^)/