歓びは浅く、悲しみは深いものだ。

憎しみは深く、愛情はそれに比して浅い。(場合が多い)

妬みは深く、うぬぼれは総じて浅く流れる。

 

どちらかというと、人は忘れたいことを根底にためてしまう。

妬み嫉みも、憎しみも、知らず知らずのうちに、感情の底に層となって溜まっている。

 

ある日ふいに、底にあるものが浮かび上がってくる。

しかしそれは、確かな日常があれば、時間が薄めてくれる。

薄める理由を持たない場合、時として人は狂気に走る。

 

それは世の中のせいでもないし、政治のせいでもないし、経済のせいでもない。

なぜなら、狂気に走るのは、たった一人だから。

結果に同情の余地は全くないし、同情は当然被害者にだけ向けられるべきだ。

同情という言葉は安直すぎるかもしれないが。

悲しみと怒りを、ただ鎮まるのを待つ。(祈りと共に)