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Mr.ツイてるシーズン2

笑えば幸せやってくる

 

 
 
東根市の北隣
 
村山市では
 
鳴子を持ったよさこい的な
 
踊りで、大変な賑わいを
 
見せていた。
 
 
北海道のよさこいソーラン、
 
高知のよさこいが
 
全国的にブームになっていた。
 
 
さらに南隣の天童市では
 
花笠踊りが相変わらず
 
人気で、こちらも多くの
 
観客を集めていた!
 
 
元々山形県の夏の
 
観光資源として
 
「花笠踊り」は
 
上山市を皮切りに
 
山形市、天童市、東根市
 
村山市と北上し、
 
最後、尾花沢で締める。
 
いわゆる、この時期に山形に
 
訪れれば何処かしらで
 
花笠踊りを体験できる!
 
というものだが、
 
天童市を境に東根市や
 
村山市では集客が
 
出来ずにいたところ
 
村山市は花笠踊りを辞め
 
鳴子を持った徳内囃子で
 
盛り返していた!
 
 
東根市といえば
 
2日間ある祭りの内の
 
初日は子供達がメインの
 
提灯行列、
 
こちらは子供クラブが
 
メインとなるため
 
参加者は多いが
 
観にくる人は少ない。
 
2日目は婦人会らによる
 
踊りで、こちらは
 
観客はほとんどいない!
 
 
この状態を打破したく
 
市長の正田は
 
市の子供クラブの会長に
 
なっていた宮地と
 
比嘉、公民館勤務の七瀬に
 
「なんとかならないか」と
 
声をかけるのであった!
 
 
 
 
つづく
 
 
 
 

高校時代に

演劇部だった比嘉は

Look for伝承文化で

知り合った女性が

主催するミュージカルに

準主役としてオファーを

受ける!


そのミュージカルの

振付を担当したのが

Miko(ミーコ)である!


Mikoとは歳も近かったので

よく練習の合間に

話をしていた!


特に比嘉は

女性ダンスボーカルグループの

「MAX」のファンだったこともあり

MikoにMAXの曲の振付を

教えてもらっていた。


この出会いがきっかけとなり

DAT's立ち上げに

大きく動くことになる!



つづく


東根市内の


伝統芸能を一堂に介し

広く知らしめ、


後継者不足に悩む


団体には継承者を


集うための一助になれば!


という趣旨のもと


地元青年会議所主催で


第3回を迎えた


「Look for伝承文化」を


比嘉は総括担当した。




年々観客が増えたのと

屋内ホールより


野外の河川敷が良い!


という案が出され


比嘉は奮闘する!



本番は9月中旬


台風の時期でもある!



案の定、


白水川河川敷に


本番前日に


設営した特設舞台が


降り続いた雨で


足場の半分が濁流に


のまれて倒壊しそうになる!



舞台が流されない様にと


濁流に身を投じ


岩にロープを結んだりして


なんとか持ちこたえた!



本番は奇跡のように


晴れ渡り、夕刻


かがり火の灯る中


大勢の観客を集め


「第3回Look for伝承文化」は


厳かに始まり大団円を


迎えた!



比嘉はこの回に


初めて各団体の出演の


合間を寸劇で繋ぐための


演出を加えたため


見る人を飽きさせず


楽しかった!と好評価を得る。



このイベントに初めて


足を運び「感動した」と


賞賛したのが


1ヶ月前に市長になったばかりの


青年会議所OB


正田 匡(ただし)である!



この出会いが


DAT's立ち上げの


きっかけとなる!



さらに


この時のLook for伝承文化は


全国にある青年会議所の


事業に与えられる褒賞で


東北でグランプリを


獲得し、全国大会に


ノミネートされている。



さらに、さらに


このイベントの幕間に


出演したキャストの


女性が企画した


ミュージカルに出演することに


なり、そこで


ジャズダンスの先生


「Miko(ミーコ)」に


出会うのである。



つづく










子どもと一緒に親御さんも

出演して楽しみましょう!

という趣旨のもと育成会を中心に

「雪ん子音楽祭」が企画される。


宮地を中心に


神町育成会の保護者十数名が

コーラス隊を結成し

音楽祭での発表まで

練習を重ねていた!


何しろ初めての試みだけに


自分たちがコーラスを


やる以外ほとんど何も決まってなく


比嘉のところに全体の


コーディネートをお願いしに


神町公民館の担当


七瀬俊明を伴い


やって来たのである。



台本を作り、


MCを手配、


照明のレンタル・・・等々、


電源を確保するのに


神町自衛隊の協力まで


とりつけた。



そして


本番!


神町小学校の


体育館には地区の人たちが


大勢詰めかけ、


次々と出演する音楽団体の


演奏を楽しんだ。


もちろん、コーラス隊も


満足のいく出来栄えであった。





そして比嘉はこの音楽祭に


3年携わりは地元の人の手に委ねる。



20年経った今でも継続している。




同じ頃


青年会議所の事業で


東根の伝承文化発展のイベントを


担当することになる。




つづく






さくらんぼ生産量

日本一を誇る果樹王国

山形県東根市

比嘉 誠はこの地で

1962年に生まれ

18歳まで過ごしたのち

上京し新宿や渋谷の

ライブハウスなどで

音楽活動をし、

24歳で地元にUターンしてきた。


東根市の隣

天童市で広告代理店に

勤務する傍ら、山形市の

ライブハウスで

ビートルズのコピーバンドの

ボーカル、リードギターとして

出演もしていた!


35歳の時に独立し

東根市神町で広告代理店を

スタートさせた。


電波媒体の代理業務に加え

いち早くMacを取り入れての

チラシの制作は代理店として

当時ではめずらしく、

営業から制作まで一人で

こなしていた。


そんな中、

地元の青年会議所から

入会の誘いがあり

「縁あって地元に生まれたのだから

地元に貢献しなさい」という

高校時代の恩師の言葉を思い出し

入会した。


並行して地元消防団や

PTAにも入っていたため

夜も寝ないで仕事をすることが

多かった。


当時、朝、玄関で息子に

「また明日ね」って言われる程だ。


そんな日々を過ごしていた

比嘉に神町地区の

青少年育成会の役員を

していた高校の先輩

宮地友幸から育成会主催の

音楽祭を手伝ってくれ!

というオファーが入る。



つづく