「おかめ団子」、
「泥棒に入ったような奴を一人娘と結婚させるかなあ」
という素朴な疑問をとりあえずクリアしてみた。
やりながら変えられるから落語は面白い。
「落語会は答え合わせ」と言ったがまさにそこなのだ。
だから大きな落語会を一回だけドカンとやるより、ミニ落語会を毎日やった方がいい。
無論理想は大きな落語会を毎日やることが理想には相違ないが。
この落語のバージョンアップ機能こそが落語がいままで生きながらえてきた理由だ。
黒澤明は「七人の侍」を更新出来ない。
映画は常に完成品を作り続けなければならない。
これは優劣の問題ではない。
落語のバージョンアップのポイントとしては、
まず「オチを変えてみる」ことから始まるような気がする。
そこから自分の世界観が広がる。
わからなくなったオチ、価値観が変わり現代に通用しなくなったオチは、
負債というより、財産だ。
師匠に「こんなオチにしてみました」と提案すると、
「ほう、待てよ。いや、お前よりいいのを考えてやる」と本人はムキになったものだ。
代表的なのが「薮入り」だった。
落語に関してはほんと無邪気な人だった。
レゴのおもちゃに夢中になって気がつけば夜を迎えた子供のようだった。
ほんと落語は面白いんだよ。
一番楽しいのが落語で、
なんとか落語を引きつけるためのグリコのおまけが
自分の場合、本なのかもしれない。
出版記念落語会をやりたいから本を書くというのも本来は逆なんだがその通りだ。
というわけで、先日の志の輔師匠からの指摘だけで新書が書けるコンテンツになりそうだ。
演者側の意識と聞く側の意識とのギャップが一言で凝縮されていた格好だった。
あの言葉はブリザードだった。
天才が二代続いた証左を悟った。
周囲にずば抜けた先達のいる環境でよかった。
俺はもがくしかない。
天下の大師匠 談志 の
無茶振りに耐えつづけた9年半で手に入れた、
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