館林の仏教会から依頼された本のサインを終える。

50冊。

ほぼ二ヶ月で100冊売っている感覚だ。

 

各地で落語会を開く度に基本持参しているが、

終了後売れるのは「落語会が楽しかったことに対するご褒美感覚」なのかもね。

要するに「お土産」なんだよ。

「ついでに買っちゃう」みたいな。

「ついでに買っちゃう感」を店ごとやっている業態がヴィレッジヴァンガードなんだろう。

 

出版が不況と呼ばれて久しいけど、

「たまたま買っちゃった路線」でいいと思う。

 

蓮舫さんの言葉をパクるなら、

「2位でダメじゃないんです」な。

 

無論、面白いというのは最低条件なのだけど。

原稿料が安いのは利益をみんなでシェアしているからだと悟っている。

やはり本はみんなで作るものだ。

 

編集のプロ、

校正のプロ、

装丁のプロ、

営業のプロ、

宣伝のプロ、

取次さんというプロ、

書店員さんというプロ。

 

自費出版ではない商業ベースだと最低限これだけのプロの手を経て、

読者さんに届けられる。

 

いくら利益率が高いからと言っても俺が電子書籍にあんまり興味がないのはここだ。

喜びを分かち合いたいのだ。

ま、こんなことは本職が作家ではないからこそ言えるのだろうけど。

落語で家族を養えているからこその遊びの世界だ。

仕事も遊びも真剣にやるからこそ面白いのだけれど。

いわば「本書き遊び」。

 

こんなこと言っていれば怒る人が出て来るかもしれないが、

面白ければいいのだと思う。

 

真剣に書いてて売れもしないツマラナイものだったら、紙の無駄、環境破壊だ。

 

なんでこの遊び、真剣になるのかというと、俺の意識が

「初版は負債」という感覚だからだろう。

 

そこら中にゴマすってでも売らなきゃ次の遊びができないからだ。

自分の頭の中の思考の幼虫を成長させて、

そんな妄想の中から生まれてきた架空の生物で

見ず知らずの人が笑ったり泣いたりするなんて、

サイコーの遊びだ。

 

自分の作ったおもちゃで周囲を巻き添えにしちゃうなんて、

こんな楽しい遊びはない。

 

だからこそ夜も寝ないで次回作の展開を考えたりも出来るのだ。

読者さんの人生を変えちゃうような「時限爆弾」を合法的に作れるんだもの。

苦痛なわけないよ。

 

師匠談志が、

「欲望の限り尽くしていいのは、芸術家とスポーツ選手だけだ」

と常々言ってたのはここだろう。

 

50を越え、じんわりわかってきた。

 

 

 

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