店内のお客さんは、私1人だけ。


「さあ、どうぞ」


シンタロさんに案内され
緊張しながらカウンターの席に座る。


バーなんて初めて来たよ…



薄暗い照明

棚に並ぶ綺麗なお酒の瓶

ジャズのBGM

私には異次元に感じる
落ち着いた大人の空間



「なんか飲む?」

「あっ、私、お酒は…」


呑めないんだけど、
なんだかちょっと呑みたい気分。


「お任せします」

「了解」


手際よくお酒を作るシンタロさんを
改めてよく見る。



背が高くて細い体

黒髪のオールバックに

整ったアゴ髭


微笑んだ目尻には深い皺があり、
優しそうな人柄がうかがえる。


素敵な人だな…


きっとモテるんだろうな。



「はい、お待たせ」


目の前に置かれたカクテルは
かわいいピンク色で

グラスのふちには
ラズベリーが挟んである。


「いただきます」

緊張しながら口に運ぶと


これがお酒?と思うほど
甘くて優しい味。


「美味しい!」

「それはなにより」


にっこりと微笑むシンタロさん。




「いやあ、よく男になりきってたよね?」


うん、我ながらそう思う。


「元々、女らしくないんですよ」

テヘッと笑ってみせた。


「いやいや、そんなことないよ」


さすがリップサービスが上手。


「ごめんなさい。40で主婦で子持ちの
おばちゃんで」

実体はこれだもの。


「全然そんな年に見えないね」

「あ、ありがとう…」


褒められることに免疫がないから
ドギマギしてしまう。

お世辞だとしても。





カランカラン…


ドアベルの音がした。


「ここだここだ!見つけたあ!」

元気な声が聞こえる。

「おっ、来たな!マイム」

「こんばんはぁー!!」


元気よく入ってきたマイムちゃんは

ふわふわ縦ロールの長い髪
黒地に花柄のワンピース

お餅のような白い肌の
ぽっちゃりさんだった。


「マイムちゃん!」

「おおー!グレ子ぉー!!」

ガシッと抱き合う私達。

「会いたかったわー!!」

「うんうん、私も!」

思わず涙が出る。



「きゃー!シンタロかっこいい!!」

「ははは!マイムは想像通りだ」

軽くハグをする2人。



あれっ?

シンタロさん
私の時のハグとは違うな…



「いやいやいやいや疲れたわ」

マイムちゃんは私の横の席に
ドカッと腰かける。


大きく膨らんだバッグから

「はい!グレ子にお土産!」

ポンと手渡されたのは、
羊毛フェルトでできた猫のマスコット。


「ほら、前にグレ子のクソ旦那に
猫に似てるって言われたって話、
聞いたじゃない?」

「あー、そうそう」

「グレ子ってこんな感じかなーと
作ってみたんだよ」

「え!手作りなの?」

「そうそう!」

「おお!似てるじゃん」

シンタロさんが話に入ってくる。


「シンタロは、これ!」

「なにこれ?カマキリ?」

「お客さんにカマキリってあだ名
つけられてるんでしょ?」

「そうだけどさー」

「すごい!クオリティ高い!」

「ほらー!グレ子わかってるう!」

「シンタロさん、これ頭の上に
乗せて営業しましょうよ」

「そうだよ、ついでに店の名前も
カマキーリーにしちゃえよ」

「おまえらうるせーから帰れ帰れ!」

「あははははは!」


なんて

くだらない話で盛り上がる私達。


楽しいなー


ネットで話すのも楽しいけど
こうやって会って話すのは

もっと楽しい。





カランカラン

「いらっしゃいませ」



夜9時近くになると
お客さんがポツポツと入ってきて、

スタッフがいないために
シンタロさんは
1人で接客も調理もする。



「さて、そろそろ帰らなきゃ」

名残惜しいけど仕方ない。


「えー!もう帰っちゃうの?」

イヤイヤと体を振るマイムちゃん。

「家まで2時間かかるからさ」

「そっか、あんまり遅くなると
クソ旦那が怒るかもしれないもんね」

さすが、よくわかってくれてる。


レジで支払いをしようとすると

「いいからいいから」

お金をぐいっと戻された。


かえって悪いことしちゃったかな…


「ありがとうね」

お礼を言ってドアを開けると

「バイバイ!またね!」

酔っ払ったマイムちゃんが
ブンブンと手を振ってくれた。


2人には誕生日だとは言わなかったけど
素敵な日を迎えられて良かった…





お酒のせいで頭がガンガンする。

痛みをこらえながら
また電車に揺られ、
ヘトヘトで家にたどり着くと


「おかえりー」

「意外と早かったね」

「どうだった?同・窓・会」

リビングに集まっていた
子供達に出迎えられた。


「おかげさまで、とっても
楽しかったです。ありがとう」


本当に子供達には感謝。



夫婦部屋に入ると

あれ?

ハルがいない。



リビングに戻り

「お父さんは?」

3人に問いかけると

「ああ、なんか出かけたよ」

「『お母さんが遊びに行くなら、
俺も遊びに行く!』って言ってた」


…なんだそりゃ。

まぁ、好きにしたらいいよ。




堂々とパソコンの前に座り
いつものチャットに入った。


マイムちゃんとシンタロさんは
参加していないようだ。


まだ呑んでるのかな?


《グレイさん、こんばんは》

あっ、ヤタベェちゃんだ!

〈こんばんは。さっきまで
シンタロさんの店で呑んでたよ〉

《えーっ!ずるいずるい〜
私も行きたかった〜(;ω;)》

〈ごめんね、今度一緒に行こう〉

《絶対だからね!絶対だよっ!》


ヤタベェちゃんは、なんか可愛い。

話してると
なぜか心がほんわかしてくる。



《シンタロの店ってどこ?》

〈BAR ロンタシーで検索してごらん〉


短い沈黙の後


《びっくり!》

〈どうした?〉

《うちの隣の駅  (*´∀`*)》

〈そりゃびっくり (*´∀`*)〉


1人で呑みに行けるじゃんと言ったら

《グレイさんと一緒に行くのっ!》

だって。



可愛いらしい人だなあ。


ヤタベェちゃんにも早く会いたいな。