「ただいまー」
「おかえりー」
「お母さんおかえりなさーい」
家族に出迎えてもらう私。
完全にハルと逆の立場になった。
フルで働ける仕事を見つけたと
ハルに報告する時には
めちゃくちゃ怯えた。
また勝手なことをして
ハルの機嫌を
損ねるかもしれなかったから。
「あのぅ……」
「なに?」
「私、フルで仕事しようと思って…」
「そんな仕事すぐ見つかるわけないだろ?」
「いや、それが…あったんだ」
怖い。
また『俺の幸せには関係ないし』とか
言われたら、グサっとくる…
そんな私の心配をよそに
「えっ!」
ハルの目が輝く。
「俺、仕事しなくていいの?やったあ!」
あれ?意外と喜ばれたぞ?
「いや、あの…」
家事も立派な仕事なんですが
と言いかけて、やめた。
「お父さんのハンバーグ美味しい!」
「おいひいね!」
「うん、やっぱり一番だ!」
「ははは!そうだろー?お母さんのは
カチカチの肉の塊だもんな」
「はいはい、カチカチですよカチカチ」
ハルが作ったご飯を5人で囲む。
なんだかんだ言っても、
専業主夫として
慣れない家事を頑張ってくれているハル。
薬の量は相変わらずだが、
なんとなく体調が良くなってきた
気がしないでもないし、
ハルに仕事を辞めてもらって
良かったんだ。
これで良かったんだ。
「ゴリヨウ アリガトウ ゴザイマシタ」
会社から振り込まれた私のお給料は、
ATMで全額引き出して
自分のお昼代の2000円を抜き、
後はハルの口座に入れた。
私は会社と家の往復しかしてないし、
寄り道してお金を使ったりしない。
ハルにお弁当を作らせる面倒を
かけたくはないし、
お昼はコンビニのおにぎり1個でいい。
2000円で足りる。
昔、子供達のご飯を
もやしと豆腐で我慢させていた罰だ。
いいんだ、私が我慢すれば…
抜いたお金をお財布に入れながら、
そんなことを思う。
「はい、今月分」
「おう」
ハルにお給料の明細を渡す。
私の稼ぎが手取り23万でも、
ハルが貰っていたお給料の金額には
遠く及ばないだろう。
そこは申し訳ないと思っている。
貯金は…
きっと、してくれてるはず。
足りない分はそれでなんとか
やりくりして欲しい。
ハルは明細をチラッと見た後、
無造作に引き出しに放り込んだ。
「今日お天気悪いねえ」
「これじゃ乾かないだろうなあ」
なんて会話をしながら、
私が休みの日には
ハルと一緒に家事全般を片付ける。
1人より2人でやる方が早いし、
なによりも楽しいから。
1人でやる家事は…
私にとっては、孤独だったもの。
「いやぁ、専業主夫って楽だよなあ」
レタスをちぎりながらハルが言う。
「えっ?」
何を言うかと思えば…楽??
「だってさ、仕事しないで
家でポケーッとしてても許されるんだから」
ポケーッって……
『楽をしてる』
『ポケーッとしてる』
『それでも許される』
専業主婦だった頃の私を
ハルは そんな風に思ってたのか…
「そうね…」
ハルの言う言葉には
どこか棘があるように感じる。
本人は何気なく
口にするんだろうけど。
どんなに楽しい時間を過ごしていても
その一撃でドーンと
奈落の底に突き落とされる。
「こんな楽なら早く専業主夫に
なればよかったよ!ははは!」
涙がジワっと滲む。
いや、これは玉ねぎのせい。
エプロンで涙と鼻水をゴシゴシ拭く。
「お父さん!お腹すいたー」
「できたから こっちおいで」
「はーい!」
ご飯をお茶碗によそうハル。
私はおたまで味噌汁の味噌を溶く。
正直に言うと、
私は外に出て働く方が楽だと感じていた。
ひとつ、買い物を例に出しても
常に子供3人の行動を
目で追わなければならないから
ゆっくり買い物なんてできやしなかった。
それを考えると
仕事終わりにフラッと一人で
コンビニに行ける気軽さ、身軽さよ。
てかさー、
だいたいさー、
子供達は大きくなったし
昼間は学校でいないんだから
私の頃と比べたら、そりゃ楽だわよ。
そうだよ。
今は楽なんだよ。
楽なのに………
家計簿にレシートを1枚も
貼ってなかったじゃん。
『どういうこと?ハル』
問い詰めたら
『いや、子供達の相手しなきゃ
いけないじゃん?マジで大変でさー』
そんなの当たり前だ。
私だってやってきた。
私にやれと言いながら、
なんで自分はキチンとやらないの?
それにさ、
『部屋の隅に埃が』って私に
当たり散らしたことあるよね?
部屋、汚いじゃん。
埃どころじゃないじゃん。
キッチンにレジ袋が転がってるじゃん。
『いや、子供達が寝ててなかなか
掃除できなくてさー、まいったよ』
なーんて言い訳してたけどさ、
起きててもできるだろうよ。
『おやつとか買うと中身にしか
興味ないじゃん、子供って』
またまたまた。
レジ袋を床に転がすの、ハルでしょ?
前々からの癖じゃん。
買い物から帰ってきて
中の物をシュッ!と取って
レジ袋は床にポイッ!
いつまでたっても、それを片付けない。
ハルだろよ?
人のせいにするな。
子供のせいにするな。
「あっ!」
ハルの大声。
「なにやってんだ!」
「えっ」
ジュワーーーーッ
「ああっ!」
気がついたら味噌汁が噴いていた。
「まったく、何ポケーッとしてるんだよ」
ポケーッと…
「…ごめんなさい」
今のは私が悪いけどさ。