「俺、前に占い師に言われたのが」
「うん」
「『貴方は結婚すると不幸になる』」
ハルが言った
この呪詛のような言葉が
これからの崩壊の
始まりだったのかもしれない。
「すみませーん、注文!」
「はい、すぐ参りまーす!」
私は小さい居酒屋でパートを始めた。
咲希を学童に入れ
実希を幼稚園の延長保育にして
光希を保育園に入れたので、
昼の1時から夕方5時まで
働くことができた。
この時間帯は呑まずにご飯だけ
食べる人が多くて、
意外と快適だ。
「お姉ちゃん、ライスおかわり!」
「はーい、大盛りにしましょうね」
「おっ、サービスいいねえ」
「プラス50円しっかり頂きますよ!」
「なんだよ、お姉ちゃんは商売上手だなあ」
お客さんの建設業のおじさんと
そんな会話が飛び交うほど、
仕事は楽しかった。
『お姉ちゃん』と呼ばれる度に
心の中で
『結婚してるけどね、子供3人だけどね』
なんて思ってニヤけたりした。
さすがに私がパートに出たことは
ハルに報告したが、
全く興味がなさそうに
「あっそう」
とテレビをつけ、
「俺の幸せには関係ないし」
そう言って
画面のアイドルの歌を口ずさむ。
一体、この人は
なにを考えているのだろうか
ぼんやりと思いながら
大量の洗濯物をたたむ。
私のパート代は
たいした額ではなかったが、
生活費の足しにはなった。
余ったお金は全部ハルに渡した。
少ないけど光熱費に回してくれ、と。
そうやってお金を出し合って
家計を支えていくのは、
当たり前のことだから。
私が居酒屋の看板娘?になった頃、
ハルの様子に変化が現れた。
朝一番に
「なんか体調悪い」
と起きてきて、私に
「会社に休むって電話しといて」
と言って、またベッドに潜り込む。
忙しすぎて体を壊しちゃったかな…
心配になる。
翌日には仕事に行き、
その次の日には また休む。
よっぽど体調が悪いのだろう。
会社に電話する度に
申し訳なくてペコペコ頭を下げた。
相手に見えないのに。
ハルには
ゆっくり休んでもらいたい。
私は1人で
子供達を送り出し、残った家事を片付け、
サッと買い物に行き、パートに出て、
終わったら子供を迎えに行き、
ご飯を作り、食器を洗い、
子供達をお風呂に入れて、寝かしつける。
目が回るような忙しい時間を送った。
ハルに負担をかけることはできない。
早く治ってもらわないと…
休んだ日のハルは
家でのんびりとくつろいではいたが、
休みが多くなるにつれ
なぜかイライラしがちになった。
「この醤油、不味い!」
「部屋の隅に埃があるじゃん!」
「雨が降るって天気予報で言ってただろ
なんで洗濯物を軒下に入れないんだ!」
声を荒げて私に当たりつける。
いやいや…
私、バタバタしておりますし、
あなた、家にいるじゃないですか。
いけないとはわかっていても、
どうしてもそんな風に思ってしまう。
…息が詰まる。
気持ちが穏やかでいれたのは、
パートしている間の時間だけだった。
「たまにはご飯食べに行かない?」
仕事仲間のおばちゃんに誘われて
「行く!行きます」
即答してしまったのも、
自覚のないままストレスが
溜まっていたからかもしれない。
ーーー事件は起きた。
今日も仕事を休んでいるハルに
パート先のおばちゃんと
夕食を食べに行くと告げると
「俺の飯はどうするんだよ!」
突然、怒鳴り出した。
「ごめん、今日はレトルトで我慢して」
謝ってもハルの怒りは収まらない。
「子供らにレトルトを食わせる気か!」
「いや、申し訳ないけどたまには…」
次のハルの言葉に
私はブチ切れる。
「レトルトの作り方なんて知らねーよ」
はああああああああ!?
「レトルトの作り方知らないなんて、
どこの原始人だよ!!」
「は?なんだと!?」
ブオンッ!!
デカい物が飛んできた。
えっ、椅子!?
慌てて避ける。
「なにすんのよ!!」
湧き出るように溢れてきた涙で
ハルの顔が見えない。
「もういい!さっさと行けよ!!」
腕を掴まれ、玄関から叩き出され、
バアンッ!!
思いっきりドアを閉められた。
…なんだ?
なんだ、この仕打ちは…
びったりと閉められたドアの前で
嗚咽を漏らして泣いた。
なんで?
なんで私がこんな目に…
地面にへたり込み両手で顔を覆う。
もう涙を抑えきれない。
私は……
私は一体
私は なんのために………
「お母さん」
女の子の声が聞こえて
ハッ!と我に返る。
こんな情けない姿を
子供に見せてしまった…!
顔を上げた目線の先には
「お母さん、おててつなご!」
微笑みながら散歩する親子連れがいた。
うちの子供達じゃなくてよかった…
ホッとして立ち上がる。
子供にこんな醜態をさらしてはいけない
子供にこんな醜い喧嘩など見せてはいけない
自分の子につらい思いをさせたら
うちの親と同じになってしまう…
パンパン!とお尻の砂埃を払った。
私がしっかりしなくては。
「さ、パート行こっと」
手ぶらのまま一歩を踏み出した。