…困った。
困ったぞ。
お財布の中を見つめて溜息をつく。
お金がない。
子供が3人ともなれば
当然、食費も増える。
日用品だってすぐに無くなる。
一人が風邪をひけば
後の2人にも次々と移る。
どんどん大きくなるので
服も買わなきゃいけない。
「お母さん、またお豆腐?」
なんて子供に言われても
「ごめんね」
と言いつつ、
もやし、豆腐、卵など
安い食材で調理法を変え
ローテーションするしかなかった。
ポストに入れられている
電気、水道、ガスの請求書の
数字もジワジワと増えていく。
光熱費は
ハルのお給料と同じ口座から
引き落とされているのだが、
なにせ、お給料をいくら貰って
いるのかを知らないわけだから
不安で不安で仕方がない。
おまけに、
いろんな企業の会計処理を
受け持つ仕事をしているだけに
私の管理能力の無さは
否が応でも一目瞭然だろう。
もっと頑張らなきゃ…とは思うが
限界があるのだ。
「お母さん、これ美味しいね!
なんていうお料理?」
「磯辺揚げっていうんだよ」
「実希もイショベヤゲ好きぃ!」
「い、そ、べ、あ、げ」
「い…しょべや…あれっ?」
「あはは!」
子供達が明るく素直に
すくすくと成長してくれているのが
なによりの幸せだ。
「あら、伊藤さん」
スーパーのレジの人に声をかけられた。
「あっ、久しぶり!」
以前よく公園で遊んでいた
ママ友だった。
「ここで働いてたんだ」
「うん、アタシがパート代稼がないと
やってられないわよぉ」
「そうなんだー」
えへへ、と笑うしかない私。
そういえば、公園メンバーも
子供達が大きくなって
一人、また一人といなくなっていた。
帰り道、光希を子供用の籠に乗せ
自転車で走りながら考える。
私も働こうかな…
保育園の前に差し掛かり、
楽しそうに遊ぶ園児を
しばらくボーッと眺めた。
私が働くと言ったら
ハルはなんて言うだろう…
「え?パート?」
「うん」
思い切ってハルに話をすると
「なんで?」
納豆をかき混ぜながら
ハルは無表情で答える。
「いや、えっと、貯金して
みんなで旅行でもしたいなーなんて」
生活費が足りないからと
言えるはずもない。
「ふーん。でも俺
旅行に行く暇なんてないよ」
この返事も
これはこれでショックだったが
「別にいいんじゃないの?
俺には関係ないし」
ハンマーで後頭部を
殴られたような衝撃が走った。
『俺には関係ない』
家族なのに他人事のような言葉。
「ご馳走さま。さて寝るか」
ハルが食べた分のお皿を洗う。
ジャージャーと流れる水の音と
カチャカチャいう食器の音で
子供達が起きないよう気を使いながら。
ハルにとって
私と子供達はなんなのだろう…
ふと気付くと手が止まっている。
いけない、
水道代がもったいない。
翌日、光希をお昼寝させた後
お茶を飲んで一休みしていると
プルルルル…
電話が鳴った。
「はい、伊藤です」
「奥様でいらっしゃいますか?
この度、私共の会社で…」
勧誘か。
うちは結構ですと切ろうとして
「働くママさんを応援したく、
そのお話をぜひ聞いていただきたいと」
電話の向こうの声に手が止まる。
どうやら、
この会社が世話をしてくれて
自宅にいながら仕事ができるという、
そんな内職の斡旋話だった。
「へえ、そんなに仕事があるんですか」
「はい!多くのママさん達が
活躍していらっしゃいますよ!」
ふーん、なかなかいい話かも。
働いちゃおうかな…
「そこで奥様!」
「はい」
「まずはご自宅にパソコンを
ご用意いただきまして」
「うちパソコンないです」
「大丈夫ですよ、奥様!
それはお宅だけではありません。
当社ではそのような奥様のために、
パソコンをお安く提供させて頂きます」
「おいくらですか?」
「ざっと30万でしょうか。
でも大丈夫です!ご安心下さい!
当社では奥様ローンというものが…」
これはダメだ。
「あ、あの、主人と相談しますので」
断わるつもりで言うと
「あ'' ぁ"?」
急にドスがきいた声に変わった。
「あんた、旦那に意見を聞かねーと
自分の事も決めらんねーの?」
怖い!!
「し、失礼します!」
ガチャンと受話器を置いた。
び、びっくりした…。
詐欺だ。
これは詐欺だ。
詐欺話に引っかかるところだった。
忘れかけていたけど、
相変わらず私は
こんなのにも釣られる
ダメ人間なんだよなあ…
「ハル、あのね、やっぱり私」
「ん?」
働こうかと思うんだけど
そう言いかけて
「なんでもない」と、やめた。
電話の相手は怪しい人だったけど
『旦那に意見を聞かねーと
自分の事も決めらんねーの?』
これは正論だ。
よし、
明日から仕事を探そう。