言葉に言霊 | 弾正の『人生波瀾だんじょう』

言葉に言霊

実はオイラ、かなり落ち込んでいたのだ。

おかんが退院したのだが、理由が、もう処置が出来ないから、だったのだ。

肺がんが脳に転移し、両方の処置を代わる代わる行っていたおかん。

肺がんは完治したのだが、脳腫瘍は、とても小さな物を残している。

もうこれ以上、放射線治療も点滴も出来ないとの事だった。


ならば手術といっても、実は転移性が極めて高い癌のため、この小さな癌を取った場合、即座に全身に転移してしまう。

実に厄介な事になっているのだ。


ずっと、頭が真っ白だった。

おかんは、おかんとおかんのお兄さん(オイラの伯父さん)二人を残して、小学校に入学した頃までに、家族全員が病死してしまい、孤児として過ごしていた。

見ず知らずの農家の奉公を、次から次へと繰り返し、農作業のために学校へもちゃんと行けなかった。

そんな境遇のおかんだからこそ、幸せな時間を沢山上げたい、と思うのは、家族として至極当然の事なのだ。


確かに、幸せな家庭を知らずに育ったおかんだし、極度のマザコンのおとんだから、普通の家庭から見たら、ウチはどうしようもなかっただろう。

そしてそのしわ寄せは、オイラや妹にも来ている。

普通が普通ではない世界、常識が常識ではない世界が今まで続いている。

だからこそ、ここからもっと幸せにしなくちゃいけないと思えてしまっていた。


そんな中、退院したおかんが、無謀にも作った笹団子。

入院で筋力が落ち、一人では作れなくなっていたため、おとんと叔母と、三人で作ったそうだ。

天然ボケはおかんの遺伝だと思うのだが、おかんらしく、粉を一種類混ぜ忘れたそうで、ウチへ届いて直ぐに硬くなってしまった。

そんなわけで、おとんの猛反発をよそに、お世話になっている九州のお寺、篠栗四国八十八箇所の29番札所、大日寺へ、20個届いたうちの10個を、お供物として送った。


今日届く予定だったので、まだ留守番電話を付けていないオイラなので、早めだが、12時半にお寺へ電話してみた。

このお寺は、真言宗、つまり密教なので、密教特有の『おみくじ』という修法で有名なお寺なのだ。

仏様の言葉を、先生(お坊さん)が伝えてくれる。

勿論密教らしく、他にもお加持やご祈祷もしてくれる。

当然オイラは、このお寺で、おかんの病気平癒をお願いしていたのだが…


いつもながらに笑えた。タイミングが良過ぎて笑えた。(^.^;)

オイラとの電話が繋がった瞬間、先生が、届いた笹団子を、同梱したCDを聴きながら、お供えの為に上に召し頂いた瞬間だったそうなのだ。(爆

二人で電話で大笑い。(^o^)


それから色々話した。

それだけで、めっちゃ元気になった。(^o^)v

人は、言葉には言霊が宿るというけれど、本当だなあ、と思った。

そして、オイラも、言葉をもっと大切に使わなければならないと思ってしまった。f(^.^;)


その後で、実家へ電話。

おとんが、如何にも新潟の人らしく、悲観的な事を、あの新潟弁特有の卑屈なイントネーションで語り続ける。

言葉に言霊。

「もうさあ、そんな悲観ばっかりしてたらそうなっちゃうんだから、良い事考えないと本当にそうなっちゃうよ?」

おとんの今日のネタは、家が老朽化し始めている事だったが…w

オイラが明るくそういうと、「そんげことねえてばさ」(そんなことないんだよ)…だ、誰がだ?w

まあ、治ったからいいんだけどね、卑屈なのが。(^.^;)


やっぱ、言葉に言霊、実際には違っても、物理的な結果がしっかり伴うねー。(^o^)v

脳科学でみてみると…確かに合っている。それとここでは、ミラーニューロンの働きもきっちりと存在して、相乗効果を与えている。(^o^)v


うん、言葉に言霊、そう思う事は、正解なのだ。そうなのだ。(^o^)v