「ゆびさきの宇宙」 | フォトリーディング読書感想文

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ゆびさきの宇宙―福島智・盲ろうを生きて/生井 久美子

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「しさくは きみの ために ある」
盲ろうになって失意のうちに盲学校高等部に戻った春、
友人が福島の手のひらに指先で直接ひと文字ずつ書いてくれた。
過酷な運命に立ち向かう福島におくられた、静かな励ましの言葉です。



本書は、9歳で視力、18歳で聴力を失い、盲ろう者となり、初めて大学進学。
いくつもの壁を乗り越え、現在、東大教授である、福島智さんの半生を描いたものです。


盲ろう者は、少し見えるか聞こえる人のほうが多いのですが、
福島さんは、全く見えない聞こえない。


人には努力しても越えられないもの、制約や苦悩がある。

この大きな宇宙の中の点に過ぎない俺の存在。
しかしそれが、
俺の自我は俺が宇宙のほとんどを占めているような錯覚を感じている。
なんと言うことだ。


俺は何をするために生きているんだろう。
俺に存在意義があるのだろうか?

僕は何日も何日も考えた。
なぜ僕だけがこういうふうに苦悩を与えられるのか。
そうしてあることに到達した。

それはもし、神様がいるなら、
今まで聞こえていた耳、見えていた目、それをもって、僕をこういう状態にしたのは何か、
きっと深い意味がある。

この世界には、病気とか、薬害とか事故できっと僕と同じ状態の人がいると思う。
僕はこの苦しみをその人たちのために、役立たせようとされているのではないか

というふうに考えたんだ


「指点字」「指点字通訳」を考案し、盲ろう者として初めて大学に進学する。

完全に視聴覚を失う体験をしたので、
コミュニケーションを回復していく過程で得たものと、
障害によって失ったものの中身は何か?

その体験を他の障害者に生かしていく。


学ぶのも、常人の何倍も時間と苦労があります。




■コミュニケーションにいのちを救われた

周りの人の助けが必要です。
「支えあうこと」も必要である。

他者のいなくなった世界はきわめて退屈。
自分の思い通りにならないからこそ、他者の存在が必要だし、おもしろい。

すべて一人で全部決めていたら、一人しかいない社会で、
それはつまらないと思います

もし自立を「他者のを借りずに生きることと」とすると、永久にできない。

もっとも、この定義を採用するなら、
障害がなくても、人生は他者がいないと生きていけないので、
本当は、だれも一人で自立していないことになる。




■逃げない

福島さんが「適応障害」で休養中に妻に言った、

僕は盲ろうから逃げられないからあきらめもつくけど、
君は逃げようと思えば逃げられる。
でも逃げない。
だから葛藤が大きいだろうね


「逃げるところ」や「言い訳」を探すのは、甘えにしか過ぎません。

痛感させられます。




■「生きること」

「わたしたち障害者がなすべき「もっとも重要な仕事」とは何でしょうか」

「生きること自体が、この世に生を受けた人間として、最も重要な仕事だと思います」

福島さんがそう考えるのは、光と音のない盲ろう者の世界に生きて、自分自身が無音漆黒の宇宙空間にいて、そこから地球を見ているような心象風景があるからです。




中学生に贈った文章には

「生きること」ができていれば「人生というテストでもう90点」


と書かれている。


何かができるからいい子、
かけがいのない存在なのではなく、
ありのままでよい、

という存在への肯定があたたかい。



ある時突然、何かがおきて、何かを奪われ、誰かを失って、挫折して・・・・
と、様々な苦労がだれにでも訪れる。

それでもやっぱり「生きているって悪くないな」「人生はいいもんだ」と思えるかどうか、
ぼくにとってはそれが魂の平安だと思っています



「思索は君のためにある」



目次

盲ろうとは―「黙殺」されてきたその存在
誕生と喪失―三歳で右失明、九歳で左も
わんぱくと音楽―盲学校・一四歳で片耳に不安
男版ヘレン・ケラーとちゃうか―八一年二月の俺・全盲ろうに
指点字考案―母から見た智
「通訳」誕生―トムとケティー
結婚―夫婦げんかに指点字通訳
「適応障害」―福島智を生きるということ
仕事と研究1―バリアフリーって何?コミュニケーションって何?
仕事と研究2―セーフティ・ネットって何?自立って何?
仲間たち―人生は冒険
自画像―ありのままの福島智
子どもたちへ―福島流「生きる哲学」