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動物は二億年前、眼なしでも充分にやっていけた。
彼らは藻類を食べ、海底に沈み、脈動していた。
しかし眼が出現した。
そして事態は俄然、面白くなったのだ。
昆虫が花を生み出す。
花が昆虫の色彩感覚を生み出す。
色彩感覚が色に対する好みを生み出す。
色に対する好みがチョウや輝くコガネムシを生み出す。
小鳥と昆虫が果実を生み出す。
果実が小鳥や哺乳類の色に対する好みを生み出す。
色に対する好みがハチドリやオウムやサルの体色を生み出す。
果実食の人間の祖先にも同じ好みが生まれる。
その好みがさまざまな色彩のアートを生み出す。
これは眼についての本です。
人間の眼はどのようにして世界をみているのか、
他の眼はどのようにして世界を見ているのかについての本です。
見られた世界には何が起こるのか、
わたしたちがお互いに見合ったときに何が起こるかについての本で、
進化、化学、光学、色彩、心理学、人類学、意識についての本です。
すべての領域を網羅して眼を説明しようとした、広大なストーリーです。
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動く眼
眼は動きを感知する。どんなイメージでも網膜に完璧に静止していると消えてしまう。わたしたちの眼は静止したものを見られず、対象を常に見ているためには、細かく動いていなければならないのだ。
眼は光を集める
眼は孤立した奇跡ではない。特徴ある光検知器官の仲間の一つに過ぎないのである・・・・眼が大きくなるに従って光を集まる能力も高まり、何世代かのうちに視覚が向上・成熟して単なる光の検知器からそれなりの世界を捉えられるまでになったのかもしれない。
右脳・左脳
右脳・左脳は人間に特有で、人間の知性の優秀さのしるしであると考えられてきた。ところがそうではなかった。カダヤシは左眼でつがいの相手を探し、右眼で捕食者を警戒することを発見した。海に棲んでいたわたしたちの祖先が、同じ種を見分けるのに役立った早期の視覚の特化から始まって、それが、脊椎動物すべてに共通の、視覚を含む利き手として進化してきたらしい。
適応する眼
大きな生物である人間は、小さなものを見分けることをやたらに重視する。ほかのほとんどの動物にとっては像そのものよりも、相手の動きを感知することの方が重要だ。進化の過程で個眼が選択された理由である。
見ることと記憶すること
わたしたちが手を伸ばして親指をたてると、親指の幅は視野のうちの二度を占める。わたしたちの眼が完璧にピントを合わせられるのは、これより少しくらいの幅である。
視野の中心から一度外れると、半分程度しか見られない。五度外れたら、「視覚的正確さ」は四分の一になる。半径五度の外側になると、もう何を見ているのかさえ確信がもてない。中心から二十度外れると、視覚的な正確さは法的な障害者の基準に適合するくらいに落ちる。
わたしたちの眼は視覚的な世界の本の一部だけを関心の対象として提示し、そのかけらがわたしたちの世界を構築している。
子供の眼
生後一年ぐらいは、赤ん坊のみは自らを保護するくらいのことしかできない。
生後三ヶ月の幼児は、ものの動きを見て、その縁がどこにあるかを知る。
さらに一ヶ月後、幼児は動きと立体視を使ってものの縁と縁がどんな関係にあるかを知り、初めて三次元の世界を見始める。七ヶ月になると影や遠近感を使って奥行きともののかたちを知る。こうして、ようやく、子供は見るだけで見慣れたものを認識できるようになる。十二ヵ月目、子供はものの名前を言い始める・・・・・
子供は相手の関心を操作することに興味をもつよりも、あるいは相手の関心の方向に自分の関心を向けるよりもずっと以前に、眼そのものに魅せられているのではないか。
眼は心の窓であるが
わたしたちはお互いの瞬きを数えないし、瞳孔の広がりを観察するために顔を見合わせもしない。そんな必要はないのだ。そんなことをしなくても、嘘はすぐに見抜ける。
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視覚のない世界は、きっとつまらない単純な世界です。
行動は意識の基盤だから、視覚のない世界は意識も生まれにくい。
人間は見ることそのことを評価する。
見ることよりも、見ている世界のほうに集中する。
だが、人間が見ている方法は、非常に独特で、特異なのです。
人間の眼は極めて狭い部分に焦点を絞っている。
そして同時に、社会的行動や相互の行動のやりとりを重視するという側面がある。
眼が見ている世界は実際の世界を反映しているが、
決して眼が見ているものがすべてだとは言えないのです。
人間は自分が見たいものを見ているだけなのです。
「動物にとって意味のある世界とは、
動物が反応する事柄の集合だ」
動物学者ヤーコフ・フォン・ユクスキュル
目次
プロローグ 若さと老い
第1章 感覚の共同体
第2章 視覚の化学
第3章 どのようにして眼は可能になるのか?
第4章 適応する眼
第5章 見ることと考えること
第6章 視覚の理論
第7章 視覚能力を授けられた神経質なシロモノ
第8章 色を見る
第9章 見えない色
第10章 眼が見るということ
エピローグ 見えないゴリラ
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■ 編集後記
僕は、近視です。
中学校から、メガネをかけています。
大学になると、コンタクトにして、その頃からは、裸眼では生活できなくなりました。
でも、この本を読んでこのブログを書けるのも、
眼があればこそ。
眼に負担をずいぶんかけました。
これからは、いい景色を見せてあげることも、
目に感謝をすることかな、
と思います。