今週は終戦の週でした。
8月前半は広島、長崎の原爆、そして15日に日本は終戦をむかえました。
毎年、この時期になると考えますよね。
1945年がどのような年だったか。私たちの祖父母がどのような昭和を生きてきたのか。
先日NHKで終戦のドキュメントをやっているのを見ました。
タイトルは「終戦 なぜ早く決められなかったのか」当時の縦割りの組織の中で互いに情報公開せず、形式ばかりの面子とプライドばかりを重視し、重要な国策で何一つ有効な手立てをとることが出来なかった当時のトップと周りの環境の様子が克明に映し出されており現在の状況に恐ろしく酷似しているなぁと感じました。
我々、直接の経験が無い世代は当時の出来事をこのような誰かが作ったドキュメントや歴史の資料でしか触れることしかできません。
しかし、こうした資料や研究を紐解いてでも今後大いにこの経験から学ぶ必要があると思います。
今週特に日本と周辺諸国との摩擦が話題になり、戦後は終わっていないことを改めて実感する機会が多くありました。
一般的に歴史を本当の意味で客観的に見直すには最低100年の歳月が必要だといいます。
明治維新からは100年経過しましたが、戦後からはまだたっていません。
そうですよね。江戸幕府を倒した政府軍は関が原における旧西軍の270年間の遺恨を起爆剤として現政府を樹立するに至ったわけですから100年以上たっても当事者の人々の記憶には残っていくのです。
しかしそうした中でもお互いがお互いを尊重し、相互に益のある関係を築ける道筋も必ずあるのではと考えます。相手のことを理解し、相手の歴史や文化や言語に触れ、立場を理解し合う。
国際化、グローバル化が叫ばれる中、本当のグローバル化はトップダウンの政治外交政策ではなく、民間レベルのコミュニケーション、草の根活動の中にあるのではと密かに思っております。