日曜の朝、4時15分に起きて、ヨガのスーリヤナマスカルをしました。夜空が段々水色になって来ました。今日は大峰修行のメインイベントとなる「入峯(にゅうぶ)」の日。入峯とは聖地である大峰山に入り、行場で修行をすることです。

朝食を食べてから、白装束に着替えました。白は死者がお葬式の時に着る色です。つまり、入峯は死と再び生まれる過程です。古代から、山は魂の由本だという信仰があって、死ぬときに魂は山に帰ることと信じられていました。




登山口までのバスを旅館の外で待っていた間、「エドム」と呼ばれる南側のアメリカの古い曲を思い出しました。静かに金剛杖で旅館の前の石畳みに、リズムを叩いて歌いました。

「死ぬために生まれた?
この身体を置くため?
この震えてる魂は
知らない世界へ飛ぶ?
人間の思いで突き刺されてない
霧と影の国、
すべてを忘られている所になっている
死者の地域、、、」

残念なことに、大峰山はまだ女性が入れない山となっているので、女性チームと旅館でお別れし、男性チームは山へ出発しました。俗世と黄泉の国である山の、別世界の結界となる橋を渡った時、大峰山は灰色の雲で囲まれて、雨が降ってきました。「女人結界門」が書かれている門を渡りながら、法螺貝を吹きました。それから、我々の旅が始まりました。

周りの自然を感じるため、峯龍先生はメンバーの間に、十分な空間を作って歩くことを指示しました。大峰が聖地であることにも関わらず、日本の多くの山と同様に、大峰の登山道の森は大体、杉のプランテーションになっています。そうした森の特徴は沈黙であることです。植物の多様性があまりないのですが、食べ物が少ないので動物も少ないです。苦しい息、ぬかるんでいる道での地下足袋の歩み、錫杖とベルのチリンチリンとなる音。あとは雨、風、川の音だけしか聞こえませんでした。



修験道の山歩きはよく「動く禅」で呼ばれています。瞑想する時と同様に、最初は心がさまよっていました。しかし、歩き続けると段々落ち着いてきました。道の隣にあった岩や木々、雨で嬉しくのたうち回るミミズ、そして色とりどりに咲いたキノコに気づきました。

大峰山の化身となる蔵王権現の姿を見て、大峰を登る前は、強い男性的な力の印象の山を期待していました。実は大峰の山道は、他の登ったことがある山とそんなに違いませんでした。動じぬ姿、静かな険悪の荒らしさ、そして我々がいったことに山は無関心に感じました。

山はその様な特徴を持っているからこそ、山で行っている修行は強力と言えるでしょう。修験道は人の意志で、人間社会から危ない世界に入る行為です。帰ることは必ずしも保証されていません。道の隣に、登山者がいなくなった場所に置いてあった仏像を見て、それを思い出されました。


かつては、大峰が危険であることはもっと明白ですが、現代の山道は手入れが行き届いています。滑りやすい石などを気を付けながら、無事に山頂の方へ進みました。途中、「助けの水」という何百年前からある水所で休憩しました。


役行者尊でお経を唱えるために一時停止し、やがて広い山小屋で休憩しました。外に、雨が降っても、大きい不動明王尊はその場所を注意深く見守っています。ここから、行場先達という山頂の近くの行場に案内するガイドさんに会いました。初めて来た人は僕を含めて3人でしたが、私達は前に歩きました。歩きながら、行場先達さんは掛け合いの歌で導きました。

懺悔懺悔!
六根清浄!
お山は清浄!
六根清浄!
お山は晴天!
六根清浄!

その時まで「お山」の詩は聞いたことがなかったのですが、初めて聞いて鳥肌が立ちました。大きい声で歌ったせいで、喉がまだ少し痛いです。

やがて、鐘掛岩という大峰の3つの行場の1つ目である、10メートルの崖に辿り着きました。雨が強くなり、他のグループはゆっくり登っていきました。白装束の姿で、網戸を登っている蛾のように見えました。我々は人数が少なかったので、先にのグループに道を譲ってもらい、鐘掛岩を登り始めました。先達の導きにもかかわらず、強い雨で狭い足場を探すことでドキドキしましたが、無事に上にたどり着くことができました。


それから「西の覗」という2つ目の行場に進みました。60メートルの崖にある場所です。かつては、旅の途中に病気や怪我になった山伏を、この崖から投げられたそうです。行場先達と峯龍先生は鎖で石に身を繋げて、先達は一人目に太いロープで作ったハーネスをつたって、リュックのように腕を入れるように指示しました。それから、お腹に横になって、先達と先生が足を持ちながら崖の向こうに消えていきました。先達は早い日本語だったので、内容を細かく理解できませんでしたが、要点はよりいい人になってという感じの忠告でした。

やがて僕の番になりました。前の会員さんはハーネスをつけたときと表情が全然違う笑顔で、僕にハーネスを渡しました。日本人の行者に言ったかわからないのですが、先達にスーパーマンのように横になってと言われました。笑

そうやって、先達と先生は僕の足を持って、崖の奥へと押しました。目の前には60メートル深さの霧しか見えなくなりました。僕は高い所が苦手なので、脳みそは「何してるんだよ! これで絶対死ぬ!」とずっと言っていました。頑張って行場先達の話し聞いたけど、ほぼ分からず「分かった?」と聞かれたときに、怖がってる声で直ぐに「分かりました!」と答えました。終わった前、他の人と同様に、もうちょっと下ろされました。白いズボンでおしっこしないようにこらえました。


崖から立ち後にしたとき、混乱した気持ちを感じて、とても疲れてしまいました。山頂前の最後の役行者尊で、グループでお経を唱えた後、静かに昼食のおにぎりを食べました。とても深い意味の経験をしたということが分かりましたが、正直に言うと、動画を見てちゃんと理解できても、行場先達の言葉にあまり印象されていませんでした。意味は普通の社会のルールにのっとり生活を行うことでした。つまり、両親を大事にすること、仕事をしっかりすること。そういうことはもちろん大事だと思いますが、そのとき思ったのは、「あれ、これサンタさんが作るリストと同じじゃない? そんな当たり前なことを言われるために、あんなにバカなことしたの?」

食べていた間、雨が段々と強くなっていきました。やがて、平等岩という最後の一番危ない行場の修行は中止になったと伝われました。少し残念と感じましたが、驚いてはいませんでした。なぜならば、秩父曼荼羅小屋の会員の一人様は大峰修行に4回参加されていますが、雨のせいでまだ平等岩の狭い棚に歩いたことがありません。来年できますように祈っています!

大峯山寺前の最後の階段を登ってたとき、雷が一回長く鳴りました。蔵王権現さんからのようこそと言われているのかと思いました。山頂から降りたときから、西の覗のことばかり考えていました。時間がたつと、他の洞察ができたさもしれませんが、帰り道の途中に思ったことはこれだけです。西の覗から掛けられたときまで、安定した地面は当たり前なことだと思っていました。何時間も大峰山の堅牢性を感じながら歩いてから、急に空所を対峙するのはとてもショックを受けました。

同じ様に、毎朝起きるとき、生きているのは当たり前なことだと思っています。まだ27歳ですが、この体でしている現実の経験は、山と同じように安定していることと普通に感じます。でもその感覚は錯覚です。この健康である体でもとても壊れやすい物ですし、この人生の物語の最後は当たり前だと思っている身元から、急に離れることで終わります。死ぬとき、安定だった物も未知へ崩壊へと向かいます。西の覗での経験は、その前準備となるでしょう。

魔術の視点から考えると、西の覗で行う象徴的な死の後、さきほど死んだ魂は平等岩で測れることがとても面白いです。主題は世界中の神話でよく出てきますし、僕が勉強している魔術のシステムにも重要な主題となっています。僕が魂を測れるようになるのは、まだまだ先のことになりそうですね。

女人結界門にたどり着くと、女性チームも彼女らの別の山の修行を終え、笑顔で待っていました。またいつの日にかは、皆で大峰山から一緒に降りれることを祈っています。他の男性が門を渡ったとき、僕は最後の法螺貝を吹きました。それから、皆で橋を渡って、俗世に戻りました。


魔術や修験道についてよく思いますが、何千回聞いても、読んでも、言われても、実際に経験をするまで全く意味がわからないことが多いです。水行して、経験はすべてだと深く感じました。