一日目: 挨拶と清め
先週末、秩父曼荼羅小屋が毎年奈良県の洞川で開催している大峰修行に参加しました。大峰は役行者が今でも修験道で大事にしている場所や、神仏と相互作用した聖地になっています。僕より知識を持った方が大峰の歴史や習慣について記していますので、この投稿では大峰でした僕の経験と思ったことを記します。修験道初心者の僕の正直な感想なので、これが全て正しくいという訳では決してありませんので、その点を念頭に置いて読んでください。

大峰のベースキャンプである洞川に移動する前、土曜早朝に起きて、伊勢の夫婦岩で夜明けを見ました。その前日に、伊勢神宮の外宮と内宮で参拝しました。伊勢でした経験は、太陽や他の多くの要素のお陰で、この地球に存在できているんだなと改めて思い出し、とてもありがたく感じました。昨年冬、魔術の実践のために、毎日早朝に起床していました。それは、日が昇った太陽に挨拶するためでした。なので、天照大御神の拠点で参拝した上で、幻想的な夫婦岩でまた挨拶するのはとても気持ちがよかったです。




夫婦岩の先、八大龍王宮があることに少し驚きました。八大龍王様は、役行者が大峰で相互作用した神様の中の一柱になっていますが、清水に関わっています。夫婦岩周辺の海が、昔からみそぎで使われています。つまり、周りの町は「みそぎの町」と呼ばれています。




そう考えると、大峰修行に対して緊張してきました。午後、入峰する前に魂を清めるため、洞川の大峰龍泉寺で水行する予定なのですが、そんな中、峯龍先生が言ったことを思い出してきました。「龍泉寺の水行場は8度ですよ。大峰の修行の中、水行が一番きついと思います。」頭が急に何百メートル高さの崖から落ちるイメージでいっぱいになってきました。その事を一旦忘れて、龍神祝詞を唱えてからホテルに戻って準備を始めました。

洞川温泉まで、Google Mapの案内通りにいくと、カーナビでさえ出てこない車の幅ギリギリの道を進むはめになりました。一時間くらい僕のパートナーが、勇者のごとくその狭い道を運転していきました。怖い一時間を耐えた後、無事に到着すると、何でもできると感じました。次回、時間かかっても普通の道で行きたいと決意しました。

洞川の街は本当にタイムスリップしたみたいな場所です。主要道路の両側に、何世代も山伏を案内してきた家族がやっている旅館や、宝具店がずらりと並んでいます。美味しい山の空気が、近くにある結晶色の川の音と法螺貝の音とマッチしています。我々グループのホストになった「あたらしや旅館」という素敵な山伏宿坊に、最初に到着しました。みんなが到着するまで、宿に荷物を置いて、僕らしい方法で山に挨拶をしに出掛けることにしました。




魔術の実践で習ったことですが、一般的に自然と関係を作る一番簡単な方法は歌うことです。山は特にそうだと思います。僕はよく秩父や奥武蔵でハイキングする前、山に優しい歌を届けるために洞窟に入ります。なにもリアクションをくれないことがおおいんですが、たまに蚊より小さい生き物で、巨大な生き物の耳に歌っている感じがします。山にたたかれないように!笑 その方法を大峰の近くの山でやってみたかったので、五代松鍾乳洞という場所に行きました。

洞川の多くの洞窟は、古代より修験で使われてきましたが、五代松鍾乳洞は20世紀まで使われていなかったそうです。僕にとって、修験道や他の人間伝統に慣れていない洞窟の方がよく感じました。結局のところ、山は修験道をしません。修験道は人間が山と相互作用を感じる技術。伝統は実践の安定を育成し、時間とともに魔法のパターンを築き上げることを有効にするでしょう。しかしながら、山はそうした伝統よりとても古いですし、人間がこの地球からいなくなった後も存在します。修験道は1300年前に生まれたが、大峰山は1億3000万年前に、もう存在していました。

山道で鍾乳洞を歩いて、入り口にいくとツアーでしか入れないことを発覚しました。ガイドさんと4人の観光客と一緒に入りましたが、静かに昔の曲を歌って、意識的に洞窟の涼しい空気を吸って吐きました。そうしたシンプルなことで、洞窟が反応してくれました。巨大な生き物で囲まれている感覚はいつも驚異的です。その地域の山々は人間に慣れていて、一応我々にそんなに起こっていない印象されました。もっとゆっくり入っていたかったですが、それでも良い経験になりました。

旅館で短いオリエンテーションの後、ついに大峰龍泉寺で水行をする時間になってしまいました。まず、八大龍王堂でと本堂で勤行しました。本堂の天井が強い印象です。龍王宮の天井にとても美しい龍が描かれていますが、本堂の元々オレンジ色だった天井は、何百年の護摩の煙で真っ黒になっています。我々の進んでいる道がよく踏まられたことを思い出しました。



勤行が終わり、女性は滝行場に行き、男性は門近くにある綺麗な池に戻りました。フンドシに着替えて、8度の水に入る準備として、体を温めるためにストレッチしたり足をたたきました。




最初入ったとき、立ったままでお経とご真言を唱えたが、太ももぐらいまでしか入っていませんでした。途中で先生からもっと深く入るよう指示されました。意外と、体が直ぐ慣れてきました。簡単だったとは言えませんでしたが、とてもいい経験になりました。

水行は身体と心を清める修行です。水に入っていたときに、精神活動は根本的なことに落ち着きました。弘法大師空海がよく述べる「三密」(身、口、意)が思い出しました。そんな冷たい水に入ると、筋肉が萎縮し、息がくるしくなります。その状態で、大きい声で正しいリズムでお経とかを唱えるのはよく集中しないとできません。身体が冷たさで凍えそうになるし、口お経で精一杯になるし、心がその2つのバランスを守ることで他の何も考えられなくなります。集中と自制心の実践としてとてもいいと思います。

朝に唱えた龍神祝詞の言葉が頭に入ってきました。

「[竜神は]一切衆生の罪穢の衣を脱ぎ去らしめ給まいて
萬物の病災をも立所に祓い清め給まいて、、、祈願奉まつることの由しを聞し食し給まいて、、、」

終わった後、狭い更衣室に戻りました。僕はよく準備が早いと言われますが、着替えてたとき頭がとても静かになっていました。他の皆さんがもう終わって門で待っていたことに気づかず、のんびり片付けていました。ごめんなさいね、皆さん!笑

あたらしや旅館で、とても美味しい夕食を食べながら、次の日についての緊張をすべて龍泉の水に置いてきたことに気づきました。恐れが普通の僕より深い決意で取り替えられました。


オンメイギャデャニエイソワカ
南無八大龍王
南無神変大菩薩