ジョルジュ・ブラッサンス(1921-81)には、「カラー時代」となった1970年代にも、多くの映像が残されています。

 

詳細なデータは不明ですが、1975年前後の頃のものと思われます。

 

こちらの映像は、1977年11月19日放送と「明記」されています。

「セカンド・ギター」、ジョエル・ファヴロー(1939-)の姿も見受けられます。

 

こちらは、1960年2月29日放送とありますから、まさに、「アルバム発表」に合わせての出演映像だと思われます。

 

こちらは「オリジナル録音」です(1960年2月7日録音/3月発売)。

 

 

こちらは、いわゆる「文庫版」の全集ですが、「オリジナル・ジャケット」を「再現」したスリーヴが大変「貴重」です。

 

「初期作品」のみの「後発盤」ですが、「ライヴ録音」、「カバー」、「インタビュー」なども収録されていて、意外と、「侮れない」内容となっています。

 

 

これまでの記事

 

 

さて、今年は、フランス・シャンソン界の「3大巨匠」の1人、ジョルジュ・ブラッサンス(1921-81)の、「没後40周年/生誕100周年」という、「ダブル・アニヴァーサリー」となる「記念の年」に当たっています。

 

「10月22日」が「誕生日」であったブラッサンスは、同じく、「29日」が「命日」だということで、まさに「ブラッサンス・ウィーク」とも言えたのですが、それに合わせて、今回も、その「名曲」を紹介してみたいと思います。

 

 

今回紹介するこの曲、「l'orage "嵐"」も、そのメロディが大変「美しい」ということで選んでみましたが、「オリジナル」は、1960年3月に発表された、「25cmLP(アナログ)」時代の「7枚目」のアルバム、「les funerailles d'antan "昔の葬式"」(発売当時には、このアルバム・タイトルはなく、基本的に、「現在の通称」です)からの1曲です。

 

 

こちらが、その「タイトル曲」、「les funerailles d'antan "昔の葬式"」です。

 

「葬列」の模様を歌っている曲ですが、そうとは思えない、「明るく」、「楽しげ」な作品です。

 

 

「日本盤CD」では、こちら(「新星堂/オーマガトキ」発売の「第2集」)に収録されていますが、「現在」でも入手出来るかどうかは、やはり「運次第」だと思います。

 

 

なお、ブラッサンスの「初期アルバム(アナログ)」は、後に「30cmLP」に「再編」され、それが「日本」でも発売されました。

 

こちらのカタログでは、「6枚目」に、今回の曲、「l'orage "嵐"」が収録されています。

 

 

 

ブラッサンスの「歌のストーリー」のひとつとして、「天候」に結び付けた「恋愛」というものがあります。

 

 

こちらは、「最初期」の作品ではありますが、大変「有名」な曲でもある、「le parapluie "雨傘"」(1952)です。

 

「雨の中での束の間のロマンス」を歌った、何とも「微笑ましい」1曲です(「英語字幕」付き)。

 

 

この曲は、上にも挙げている「日本盤」では、「第1集」に収録されていますが、「入手の可否」は、やはり「運次第」です...。

 

 

「雨の中」だったからこそ「生まれた」という「ロマンス」に感謝する内容の曲ですが、裏を返せば、「晴天であったならば、こうしたロマンスは生まれなかった」ということでもあり、それを、いささか「極端」にして書いた曲が、今回の「l'orage "嵐"」だとも言うことが出来ると思います。

 

何とも「あまのじゃく」な印象を受けるとも思いますが、こうした「考え方」が、「反既成主義(アンチコンフォルミスム)」にもつながるのであり、ブラッサンスの作品の「特色」として挙げることも出来るでしょう(「時代が時代」なので、「不倫」がどうとか、ということは、この際、「抜き」にしましょう...笑)。

 

 

 

やはり「名曲」であるからか、「カバー」する歌手も多く見られます。

 

日本では、どちらかと言えば、「マイナーな曲」となっているのが少し「残念」ではありますが...。

 

 

毎度おなじみ、ロック歌手ルノー(1952-)による「トリビュート・アルバム」(1996)でも、この曲は「リストアップ」されています。

 

 

 

おっとビックリ!!

 

「若き日」のイヴ・デュテイユ(1949-)と歌った映像が残っていました!! (1979年)

 

 

ユトリロさんは「必見」!!

 

ジュリアン・クレール(1947-)が歌った映像もありました!!

 

(*追記:この映像は、2001年、ブラッサンスの「没後20周年/生誕80周年」を記念して放送された番組の様で、「有名歌手」が「勢揃い」しているところも見ることが出来ます)

 

ブラッサンスの「ダブル・アニヴァーサリー(「没後40周年/生誕100周年」)」を記念したパフォーマンスとしては、バンジャマン・ビオレー(1973-)の、こちらの映像があります(10月21日)。

 

 

ちなみに、ジャック・ブレル(1929-78)にも同じタイトルの曲がありますが、1953年(デビュー)以前に書かれた「若書き」の作品です。

 

こちらは、1953年8月に、ハッセルト(ベルギー)での「ラジオ放送用」に録音された、大変「貴重」な音源で、シンプルに、「ギターの弾き語り」となっています。

 

この曲は、後の作品、「l'aventure "冒険"」(1958)の「原曲」でもあります。

 

 

追記:
1997年10月16日、「開館」まもない「ハーモニーホールふくい(福井県立音楽堂)」にて、ウィーン・フィルとともに「来日公演」を行なった、オランダ出身の高名な指揮者、ベルナルト・ハイティンク氏が、21日、亡くなられました。

92歳でした。

この公演は、結局私は、チケットを取ることが出来ずに、泣く泣く「あきらめた」のですが、確か、内田光子さん(1948-, ピアニスト)も、演奏に来られていたと思います。

「ロイヤル・コンセルトへボウ・オーケストラ」の「常任首席指揮者」として、「世界的に有名」だったハイティンク氏。

あらためて、同氏のご冥福をお祈りしたいと思います。


合掌...。


ベルナルト・ハイティンク(1929.3.4-2021.10.21)

 

 

 

以下に、ブラッサンスの「l'orage "嵐"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

 

それではまた...。

 

 

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l'orage  嵐

 

parlez-moi de la pluie et non pas du beau temps,

le beau temps me degoute et m'fait grincer les dents,

le bel azur me met en rage,

car le plus grand amour qui m'fut donne sur terr'

je l'dois au mauvais temps, je l'dois a Jupiter,

il me tomba d'un ciel d'orage

 

「雨」について話してくれ 「晴れ」の天気ではなく

「晴れ」なんて嫌いだ 大嫌い(不愉快)だ

青空は俺を怒らせる

というのも、俺に授けられた最大の恋は

悪天候のおかげ ジュピター(神様)のおかげ

嵐の空から、俺のもとに降って来たのだから

 

par un soir de novembre, a cheval sur les toits,

un vrai tonnerr' de Brest, avec des cris d'putois,

allumait ses feux d'artifice

bondissant de sa couche en costume de nuit,

ma voisine affole' vint cogner a mon huis

en reclamant mes bons offices

 

11月のある夜、屋根にまたがり

ブレスト地方の雷が大きく轟き

花火のように空を駆け巡った

慌てふためいた隣りの奥さんは、寝間着のまま

飛び起きて、俺の家の戸を叩きにやって来た

「何とかしてくれ」と

 

"je suis seule et j'ai peur, ouvrez-moi, par pitie,

mon epoux vient d'partir faire son dur metier,

pauvre malheureux mercenaire,

contraint d'coucher dehors quand il fait mauvais temps,

pour la bonne raison qu'il est representant

d'un' maison de paratonnerres"

 

「ひとりでとても怖いの お願いだから開けてください

主人は、ハードな仕事に出かけたところ

勤め人ならではの不幸...

こんな悪天候なのに外泊なんて

これも主人が

避雷針の会社でセールスマンをやっているから...」

 

en benissant le nom de Benjamin Franklin,

je l'ai mise en lieu sur entre mes bras calins,

et puis l'amour a fait le reste!

toi qui semes des paratonnerre' a foison,

que n'en as-tu plante sur ta propre maison?

erreur on ne peut plus funeste

 

ベンジャミン・フランクリン氏に感謝しつつ

彼女を両腕で抱いて安心させた

その後は、「恋」が待っている!

避雷針を大量に売りさばいても

なぜ、自分の家に付けなかった?

それが、致命的な過ちだった

 

quand Jupiter alla se faire entendre ailleurs,

la belle, ayant enfin conjure sa frayeur

et recouvre tout son courage,

rentra dans ses foyers fair' secher son mari

en m'donnant rendez-vous les jours d'intemperi',

rendez-vous au prochain orage

 

ジュピターの轟きが他の場所に移る頃には

美女も、ようやく恐怖から覚め

勇気を取り戻す

旦那のためにと家へ戻る

悪天候の日にはまた会いましょうと言いながら...

次の嵐の日にまた会える

 

a partir de ce jour j'n'ai plus baisse les yeux,

j'ai consacre mon temps a contempler les cieux,

a regarder passer les nues,

a guetter les stratus, a lorgner les nimbus,

a faire les yeux doux aux moindres cumulus,

mais elle n'est pas revenue

 

その日以降、俺はもう、目を伏せることもなくなった

空の様子を観察しながら時を過ごす

雲の流れに目をやり

層雲をうかがい、雨雲を横目で見る

わずかでも積雲がでれば、目はとろんと

けれど彼女は、再びやっては来なかった

 

son bonhomm' de mari avait tant fait d'affair's,

tant vendu ce soir-la de petits bouts de fer,

qu'il etait dev'nu millionnaire

et l'avait emmene' vers des cieux toujours bleus,

des pays imbecile' ou jamais il ne pleut,

ou l'on ne sait rien du tonnerre

 

彼女の旦那は仕事熱心で

その夜、小さな鉄くずをたくさん売りさばき

それで大金持ちになってしまった

そして、いつも青い空の方へと、彼女を連れて行った

決して雨の降らない、バカげた国へと

そこでは、誰も雷を知らない

 

Dieu fass' que ma complainte aille, tambour battant,

lui parler de la plui', lui parler du gros temps

auxquels on a t'nu tete ensemble,

lui conter qu'un certain coup de foudre assassin

dans le mill' de mon coeur a laisse le dessin

d'un' petit' fleur qui lui ressemble

 

神様も、俺の泣きごとに耳を貸してはくれない

雨を願い、誰もが苦しんだ

悪天候を願ったところで...

俺の心に落ちる無数の雷の一撃が

彼女によく似た小さな花の絵を

残していったんだと訴えたところで...

 

(daniel-b=フランス専門)