舞踏ヲ練習スルニ先チ注意スベキ要件アリ左ノ如シ
第一 足ノ位置
第二 重心ヲ取ルコト
第三 整格ナル歩調
鈴木末次郎編『舞踏案内』(共益商社楽器店蔵版)
2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』は、吉田松陰の松下村塾から、富岡製糸場へと、世界遺産が繋がって行くのが面白く、また最終回は鹿鳴館が舞台となっていた。
『八重の桜』の時も、大山捨松のエピソードで、鹿鳴館が登場したっけ。
むしろいつか、鹿鳴館を中心とした大河ドラマ(朝ドラでも)を作って欲しいものだ。
では、明治時代のダンスがどうだったかは、いくつか紹介してきたが、ここで、明治時代のダンス教本を見てみたいと思う。
国立国会図書館のデジタルライブラリーで検索すると、1901(明治34)年に『舞踏案内』というダンス教本が出版されていた。
この本で紹介されているダンスは、大きく二つのジャンルに分かれていて、ひとつは「方舞」、もうひとつは「圓舞」である。
「方舞」の方は、『実験女子遊戯教授書』の時に書いたが、こちらでも、カドリールQuadrille、ランサースLancers、カレドニアンスCaledoniansの三つのダンスの振り付けが書かれている。
「方舞」は男女のカップル4組が正方形のカタチで踊るダンスで、現在のスクエア・ダンスの原型なんだろう。
「圓舞」は男女のカップルが、舞踏室内を反時計方向に、円状に踊っていくダンスの事で、今の社交ダンスに近いのは、こちらの方かもしれない。
映画やドラマなどの舞踏会では、大勢のカップルが同じ方向に、同じ様にくるくると回転しているダンスが出てくることが多いが、それは、この「圓舞」だという訳である。
この本に書かれている「圓舞」としては、ポルカPolka、ショッテシSchottische、マツルカMazourka、バーンダンスBarn Dance、ワルツWaltz、ガロップGalop及ツーステップTwo-Stepの6種類だ。
ワルツは、現在のイングリッシュ・スタイルでの社交ダンスでは、ウィンナ・ワルツ(またはヴェニーズ・ワルツ)として踊られるが、それ以外は、あまり踊られない、過去のダンスになっている。
ポルカはチェコ由来のダンス、ショッテシはスコットランド由来のダンス、マツルカはポーランド由来のダンス、バーンダンスもスコットランド由来のダンス、ガロップは馬の走りに由来するダンス、ツーステップは「ワシントン・ポスト行進曲」に由来するダンスだ。
いずれも明治日本まで伝わっていたのだから、欧州の舞踏会でも盛んに踊られていたのだろう。
「方舞」の方は、フリツケが細かく書かれているが、「圓舞」の方は、今の社交ダンスのように、様々なステップのバリエーションが書かれている訳ではなく、ベーシックステップが書かれているだけである。
当時はベーシックステップだけで踊っていたのだろうか。
例えばポルカのステップは、こんな感じだ。
「男子ハ左足ヨリ一ト二トト四歩行進シ次ニ右足ヨリ一ト二トト四歩行進スル」
文章だけで書かれているので分かり難いが、当時のポルカの様子が、なんとなく、わかる。
可能ならば、この明治時代のダンスが、大正・昭和・平成と、どう変化していったのか、追ってみたいものだ。