リーかあさま記念館開館!
7月8日より、今年度初めて「リーかあさま記念館」を開館いたします。
今後は、火曜日を除く月曜日から土曜日までは
午前10時から午後3時まで開館
原則火曜日は定休とします。(8月中は開館する場合がございます。)
日曜日は、午後12時30分から午後3時まで開館します。
新型コロナウィルスの感染予防のため当面の間下記のような運営を行います。
1.当面予約優先で受け付けます。(Tel090-5311-6760、0279-88-3640)
2.原則7名以上の団体はお断りしますが、事前に打ち合わせグループに分けるなどの合意ができていればこの限りではありません。
3.発熱がなく平熱であること、体調が良好であること、マスクを着用していることをご確認ください。
4.入館時に体温測定、手の消毒、個人カードの登録をお願いいたします。
5.個人カードは、お名前と滞在日時、連絡先を記入していただきます。万が一感染が起こった時の連絡用です。それ以外の目的には使用しません。記入一か月後に個人カードは廃棄いたします。
6.予約者のいない時間は、一度に6名以内になるよう一般の方の入場を行います。毎回入場時間についての啓示を行います。
どうぞ、以上ご理解のうえおいでいただけますようお願い申し上げます。
事務局長 松浦 信
S.Tさんのこと(その3)
前回に引き続き、S.Tさんのこと、特に今回は「本当の優しさは、自らを誇らない」ことについてお話をしていきます。
わたしが神学生(牧師になるために学ぶ神学校の学生)だった30数年前にわたしは、度々草津の栗生楽泉園に滞在しました。当時は、わたし以外にも神学生の何人かは栗生楽泉園で実習を行いました。当時のわたしは出来が悪く(今もW)、入園者から他の神学生と比べられてとても傷ついたりしていました。
誰にも相談することができず、ある時S.Tさんのお宅を訪問した際にわたしがあまり元気がないのを気遣ってくださいました。あまりいいことではなかったかもしれませんが、つい悩みを打ち明けてしまいました。それでもS.Tさんは多くを語らずわたしの話を最後まで聞いてくださり、一言「大丈夫よ、そのうち皆わかってくれる時が来るから」と言ってくれました。当時は、S.Tさんは恐らく60歳台だと思います。
とても優しく、とても美しく感じました。その時には気づかなかったのですが、コンウォール・リーさんからの感化の故だったのかもしれません。
今のリーかあさま記念館を設置する際に、S.Tさんに記念館設置についてお話ししました。コンウォール・リーを心から尊敬していたS.Tさんですので心から喜んでくれると思ったからです。ところがニコリともせず、険しい顔で「リー先生は、こういうことはお喜びになりません」と仰ったのです。このようなS.Tさんの表情を始めて見ました。どう受け止めればいいのかわからないまま、現在仮記念館ですが記念館を設置し今に至っております。
わたしはあることがきっかけで、コンウォール・リーを顕彰することが、過去の病者だけではなく、今もおられる元病者の方の人権とどのようなかかわりがあるのだろうと考えるようになりました。
コンウォール・リーの素晴らしい人柄を大切にすることをいつも一番に考えてきました。しかし、コンウォール・リーにとって一番の喜びは自分のことが大切にされることではなく、ともに歩んだ病者の方が生き生きと幸せになることだと思うのです。
わたしたちの母体である日本聖公会で3年前に表明した(ハンセン病の)回復者とその家族に対して謝罪を行いました。今まで差別をする側に身を置いてきたこと回復者のために十分な啓発をしてこなかったことについて謝罪表明しました。
コンウォール・リーのを顕彰するためには、それよりも増して回復者やそのご家族のために何をしなければならないのかを真剣に考えることである。そして関わることは自ら差別をする側であったことの立ち位置である自分にも向き合うことだと思います。
そういうことがなく、ただ単に顕彰することは自らを正当化する罪なのだと思うようになりました。
わたしは、S.Tさんの言った言葉「リー先生は、こういうことはお喜びになりません」を度々思い出しております。
わたしたちが自らの当事者性、つまりわたしたちが加害者(差別者)であるということの認識と切り離されたところでコンウォール・リーの顕彰を行うことは自らを正当化することに他ならない、ことにも気づきました。
いつでもコンウォール・リーのことを一番知っているS.Tさんの思いを、もう一度思い起こし、本当に伝えなければならないことを模索しなければならないと思います。
リーさんの中には、自己顕示も自己正当化もなかったと信じます。だからこそ、わたしたちは自らの差別を生みやすい現実に向き合い、それでもわたしたちを赦してくださりその愛を示してくださった方に、その現実を委ねその愛に生きていく決断をすることができることを願っていきたいのです。