今日は秋分。
昼と夜の長さがだいたい同じ。
今日から夜の時間が少しずつ長くなりますね。
ほんでもって満月。
ともにリセットするにはよい時期みたいです。
昨日、会った友人は私にとって掛け替えのない人。
タイプは全然違う。
彼女はスリムで褐色の肌、私は白くてぽっちゃり。
譬えるなら彼女はゴボウで私は大根。
水と油ですね。
全然違うからこそ楽。
そんな彼女と昨日数カ月振りに会い、シンクロし過ぎに笑った。
似たような髪型(彼女はロングをばっさりショートボブ、私もショート)
黒のキャミにボトムはデニム(彼女は短パン、私は膝下スカート)
見事!!!
夜、友人と月夜の散歩をしました。
夜って、なんか濃密ですよね。
昼間には感じられない深さというか重さというか。
空気中の水分が降りてきてるのもあるけど、闇の中に存在するものが活動をしているのだなと
思わずにはいられない。
それが何かはわからない
でも、明らかにそこに存在する
闇のなかでしか存在を感じられない何か
それを感じる夜は怖くもあるけど、落ち着きもする
そこで生き物はバランスをとっているのだと思う
光だけでは生きていけない
闇があるからこそ光が存在する
その闇を隠してきた結果が現代に跳ね返ってきている
「死」
私にとって「死」は身近なものでした。
初めての「人の死」は父方の祖父
祖父の記憶は写真とお葬式のみ
当時4歳だった私は
「おじいちゃんはしんだら、どこにいくの」
という質問に父は
「ゆうこのココ」
と、心をとんと差しました。
そこから私は「死んだらどうなるんだ?」とずっと考えてました。
小学校、中学校、高校といつまでも永遠の宿題のように考えてました。
また近くに住んでいた曾祖父母の「死」
「死んでも、わたしの中にいるもんねぇ」なんて呑気にしてました。
だから大人が泣くのがわからなかった。
なのに、お通夜とかで笑っているのも理解し難かった(笑)。
当時のお葬式は自宅で行い、夜通しで遺体の横で番をするってのを父たちが行ってました。
これが怖かった。
なぜだか、とても怖かった。
生と死
相反する二つに対してどう向き合い、どう感じ、どう考えるか
それは、その人の芯になるものだと思います。
そこがないからぶれるのだとおもいます。
そんなことを考えた月夜の晩でした。
love&joy