今ブログをアップして気付いた。

今年初だったw


もう殆どこのブログを観ている方もいないし、親しい連中には年賀やメールを送っていたので忘れていた。


新年明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお付き合いください。


写植屋

AKB関係を期待した方には申し訳ない。

昨日一日動いていて、先日感じたことと同じことがあったのでちょっと触れておきたい。


最近は空間把握能力に欠ける人間が多そうだ。

勉強はできるかも知れないが、脳の回転が悪いというか脳の処理能力が悪い人間が多くなった思う。


先日六本木の地下鉄に通じる地下道での出来事。


僕は壁際を人が一人余裕で抜けられるくらいのスペースを取り、改札口に急いでいた。

僕は視野が広いので、斜め右後方より道を斜めに横切ってきた女性が見えていた。

見えていたというより足音で感じていたというべきか。

急ぎ足のその女性は僕と肩を並べるくらいに迫ってきてはいたが、まさか次の瞬間僕の前に出てくるとは思わなかった。

彼女は斜めに道を渡っていたので、必然的に僕と交差することになる。

僕の右肩にぶつかった女性は挨拶もせず、「こいつは何で私の行く手を遮るんだ」みたいな顔をしてお構いなしに僕の前に出た。


似たことが一昨日西麻布でおきた。

道が狭く、しかもお店の前に行列が出来ていたので、僕一人が通れる程しかスペースがなかった。

あと5歩程度で、少しは広い通りに出る。

前方にはあと3歩ほどで、こちらの狭い通りに入ってこようとする男性が見えた。

てっきり入口で待っていてくれると思ったら、一向に歩を緩めない。

そこで僕は慌てて歩を進め、ぶつかる寸前に体を広い通りに投げ出して事なきを得た。

このときの男の表情は「何してんだ」って感じだった。


全く腹が立つ。



ところが、昨日横浜で僕がでなく、似たような目にあっていた人間を見た。


初老の女性がまっすぐ道を歩いていた。

斜め後方から壮年男性が同じく前を見据え歩いている。

足は男性が早く、このままではぶつかると思い観察していた。

案の定、僕のときと同様にその男性は女性の肩後方に当たった。

そのときの女性は急に後ろから人がぶつかったのだから驚きの顔を浮かべた。

ところが男性は、初めてその女性に気付いたように驚き、しかも挨拶もせず邪険に女性を払い除け歩いて行った。

さほど強い力では無かったので女性も何事も無く歩いて行ったが、このときの男性はまっすぐ前を、そう目的地を見据えていて自分の斜め前を歩いている女性には明らかに気付いていなかった。

六本木や西麻布でも僕の経験に似ている。


このとき気付いたのだが、ここで共通していることは、目には入っているが障害となる人物がこの後どう動くかという認識が出来ていないということだ。

目に入っているものは、静物でない限り次の行動を脳が予測しているはずである。

いや静物であっても、自分が歩いて行けばぶつかるか否かも判断できるはずである。

これが出来ていないということは空間把握能力の欠如としか言いようがない。


さらに言えば、脳の処理能力が非常に劣っていると言える。


脳は目に入ってきたものを、興味の無いものでも動くものは危険と感じるはずである。

意識しなくても脳は自動的に処理し、手足に信号を送る。

道を歩いていて石ころがあれば自然と避けているのと同じだ。

ところが最近はすぐにこけたり人にぶつかる人間が増えている。

スマホの影響だけではない。

実際にここで経験した誰もがスマホは見ていない。


空間処理能力は引いては対人関係に影響してくる。

友達との距離感というやつだ。


まぁいろいろ言ってもしょうがないか。

自分が気を付ければよいことだ。




久し振りです。
写植屋ですww


表題を見て直ぐにビートルズを思い浮かべた方は純粋な音楽好きだと思う。
僕もこの題名を見たときビートルズに触発されたSF映画だと思い軽い気持ちで観はじめた。
直ぐにミュージカル現代劇と判り、観続けるか迷ったものの5-6分で引き込まれた。
その切っ掛けとなったシーンが、ある黒人のチァガールがアメフトのエースに恋焦がれているのだが、彼には恋人がいてその様子を見ながら感情豊かに名曲i wanna hold your handをバラードで歌い上げるシーン。
有難いことに最近は便利で、直ぐにwikiでこの映画のことを調べてみた。


何とこの映画はビートルズの楽曲33曲で描かれたミュージカルで、当初全米23館で限定公開され、すぐに口コミで約1000館まで拡大。アカデミー賞やゴールデングローブ賞まで選出されグラミー賞にもノミネートされ、他にも数々の賞を得ているようだ。

主役級の役者も大作出演は少なく、出ても脇役といった連中で仕上げている。
しかし演技は抜群。しかも、歌も自身で歌っているという。
ボノやジョー・コッカーと言ったミュージシャンも出ているが、俳優陣の歌の上手さ、表現力の素晴らしさにどんどん引き込まれた。
2007年の作品であるが、ベトナム戦争を背景にビートルズの歌が瑞々しく蘇り、甘酸っぱい思いで満たされ、そして深く考えさせられた。


ビートルズ世代というには僕は若いわけだが、幸いなことに兄の影響でビートルズのみならずS&Gや、それ以前のPP&M、ビング・クロスビー、プレイリーなども聞いて育った。そしてビートルズといえばポールであった。
ジョージ・ハリスンがビートルズ解散後再結成を問われて「ビートルズを聞きたければポールのところに行け」と言ったように、思想的背景が少なく聴き易かったポールのサウンドばかりを聞いていた。

しかし、オノ・ヨーコの影響で反戦運動に身を投じたジョンの方を神と崇める人間が多いことの理由を、この映画を観て納得できた。



英国から顔も知らぬ父親に会いに米国に密入国した主人公のジュード。その恋人役がルーシー。
ビートルズファンには笑みがこぼれるベタな名前だが、反戦運動に熱を上げるルーシーとジュードの関係性はオノ・ヨーコの出現によりビートルズが解散に追い込まれた事を思い浮かばせ面白かった。
そしてポールの名曲「Hey Jude!」は、別れたルーシーの参加する反戦運動に巻き込まれて警察に捕まり、英国に強制送還され港町で退屈な日々を送る彼を描くのに使われた。
ここで僕は、この曲の意味を知ることができる。
「自分の心に素直になれば、この世界は今より良くなる」


今の日本も閉塞感が漂う。
僕の知人にも、国を守るためには武器を持つという若者がいる。
攻めてきたら反撃もするだろうが、敢えて国際貢献として外洋で戦う意味があるのだろうか。
米国は世界の警察であることを辞めた。
その理由には経済的なこともあるが、体制を守るために国外で戦うことが結局は自国でのテロを誘導することを理解し始めたからだと思う。
日本では外国人が目立つためにテロは難しいと言われているが、最大の理由は日本でテロを起こす意味がないからだと思う。


話が逸れてしまったが、映画でも反戦運動家等が銃や爆発物を作るシーンがあり、それに気づいたルーシーが悩むシーンが描かれている。
平和を求めるために武器を持つことは愚かであることを、この映画の製作者は言っていると思う。


ラスト、正式に米国に入国したジュードとルーシーが再会するシーンで「All need your love」をジュードがアカペラで歌いはじめる。
ジョージ・ハリスンが「我々(ビートルズ)はloveではなくRubを歌っていた」と言うように、人を愛することは難しい。
そんなことを考えさせられる映画でもある。



追記:Rubは擦るという意味であるが(ex.Rubber消しゴム)、転じて人の神経を逆なでするという意味がある。しかし、ジョージはスラングで女性器を擦る、つまりsexそのものを指して言ったらしい。今となっては真意は分からないが、この映画を見ると本来の意味が蘇ってくる。