体験者:マキコさん
私はきっと恵まれた環境で育ったと思っています。
ピアノを習いたいと言えば習わせて貰える。
バレエを習いたいと言えば習わせて貰える。
そんな環境でした。
ひとりっ子のためかやりたい事はなんでもやりたい事はやらせてくれました。
ただ習うからにはトップを目指せ!という父の方針は厳しかったです。
勉強も習い事も妥協は絶対に許されませんでした。
1日のスケジュールはピアノの練習2時間、バレエの練習2時間、勉強はそれ以外の時間可能な限りは勉強の時間。
テレビを見ることはありませんでした。というよりテレビを見る時間がありませんでした。
小学生高学年にもなると学校の友達の話題はテレビドラマやアニメの話題でした。
でも私は友達の話題に入っていくことができず友達からは私と話が合わなくてつまらないと言われ、その内変わり者扱いされ誰も必要なこと以外の話をしてこなくなりました。
家で母に「テレビを見ないと友達ができない。」「友達と話が合わなくてシカトされる」と相談すると、母は父に私の事を相談してくれたみたいでした。
でも父は私に
「まだどれもトップを取っていないのにテレビなんか見る時間があるのか?」
「お前の友達はテレビなんか見てるからクズばかりなんだ!」
と怒鳴り、私の頬を平手打ちしました。
私が中学生になり更に勉強や成績に対して父は厳しくなりました。
部活も勉強の妨げになると許可されず、ピアノとバレエの練習、ご飯やお風呂以外は学校か勉強の時間でした。
しかも
「もう中学生なんだから夜中の2時、3時まで勉強するのは当たり前だ!」
と言い、父は日が変わる直前に私の部屋に勉強をしているかの確認をしてから寝ていたみたいですが私が日が変わる前に眠ってしまうと父の平手打ちで起こされるという生活をしていました。
私が中学3年になる時、父が海外に転勤になり単身赴任することになりました。
私は父から解放されテレビも見るようになり怯えながら勉強することはなくなりましたが成績は父が居なくなってからの方が良くなりました。
勉強漬けの毎日から息抜きをしながら勉強する方が成績が伸び、県内一の高校に進学することもできました。
父は自分の教育方針が間違っていなかったと満足していたようで県内一の高校に入学したことを単身赴任先から喜んでいました。
高校進学後はピアノとバレエを辞め、予備校に通うようにはなりましたが、友達と放課後遊んだり、休日も出かけたりと息抜きもしながら勉強も頑張って高校内での成績も常に5位以内でした。
大学受験で、私は経済か経営の勉強をしたいと思っていたので経済学部への受験を考えていました。
しかし父は法学部を受験しろと。。。
私が高校2年の年末年始で父が一時帰国した時に、受験大学と学部の言い争いになり、父は私の馬乗りになりグーで殴ってきました。
私は恐怖から経済学部への進学を諦め法学部を受験することを選択しました。
高校3年の大学受験、私は法学部を受験しました。
そして合格発表は受験校全て不合格。
私はわざと受験に失敗しました。
白紙答案も考えましたが白紙ではあからさまなので、わざと間違った回答をしました。
ずっと私のやりたい事をやらせてくれた父が大学受験で私のやりたい事を認めてくれなかった。
浪人して来年頑張れと言っていましたが私はもう大学受験はしないと言い高校卒業後、私は現在引きこもりニートです。