我慢って言葉…元々仏教語だって知ってましたか?
仏教では「慢」は、思いあがりの心をいい、その状態を七つに分けたものが「七慢」といいます。
七慢(慢・過慢・慢過慢・我慢・増上慢・卑慢・邪慢)
我慢は、本来自分に執着することから起こる慢心を意味していました。(自惚れ、驕りなどと同義語)
しかし、意味が転じて「我を張る」「強情」などの意味で使われるようになり、さらに強情な人は、絶対に人に弱みを見せまいと「耐え忍ぶ」姿に見えるため現在使われている意味となりました。
21才の頃から仏教に深く興味をもった私は、様々な教えを学びました。その中で我慢の本来の意味を知った時「我慢偏執の心」を持つことなく生きて行こう!と強く決意したものです。
さて、何が言いたのか?(笑)といいますと、「我慢」が「無駄」にならないように気を付けましょうということです。
我慢は、その忍耐や辛抱が人格的に開花されることに意味があります。
好きな物を、ほいほい買ってあげた子供と、辛抱させた子供、おそらく物を大切にするのは、後者ではないでしょうか。欲しい物を辛抱して購入すれば、喜びも倍加し、大切に取り扱いします。
トイレいくら我慢しても人間的な成長無いですよ(笑)
座禅なら仕方ないですが、たとえば足が痛いとか頭が痛いといった場合も我慢する意味は全くありませんし、たとえ我慢したからといって得られる価値はありません。
我慢の根源を知り、すべき場所、時、物を思索しながら自分が最も価値ある成長ができる為の「我慢」を見つけましょう。