そしてその頃から、今までのコメディアンと違ったジャンルのお笑いの世界である、落語、漫才の演者達との付き合いが始まりました。
前記のほかに、落語家では桂三枝、桂小米(のちに枝雀)桂朝丸(現ざこば)、桂きん枝、桂文珍、月亭八方、笑福亭鶴瓶、桂春之輔など、漫才ではかしまし娘、やすしきよし、漫画トリオ、Wヤング、ちゃんばらトリオ、横山ホットブラザースオ、カウスボタン、コメディー№1、敏江玲二、神助竜助、最近の売れっ子ではオセロ、などなど、40年の間に枚挙に暇の無いほどの顔ぶれと仕事での関わりをもってきました。
原則としては彼らのために(厳密に言うと彼らの出演する番組のために)台本を書くわけですが、それは同時に自分自身の勉強の場でもあったわけです。
それぞれの出演者のためにどんなネタを書いたら受けるだろうか、そのキャラクターを生かすためにはどんな企画を考えればいいのか、内容の展開、受けるギャグはどんなのか、常にそればかりを考えて仕事をしてきました。
放送作家というのはある意味では座付き作者でないといけない部分が大いにあります。
特に関西の演芸、お笑いの番組に関して言えば、タレントの人気、その人気を生み出したキャラクターを売り物にして作られるケースが殆んどですから、必然的に座付き作者にならざるをえないわけです。