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私はポッチャリ派!

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女の子はポッチャリ派?スレンダー派?
  • ポッチャリ
  • スレンダー

気になる投票結果は!?



本来は見た目とか外見では無いと思いますが・・

見た目だけで判断した場合、今の私ならポッチャリ派ですね~

若い時はスレンダー派を選択したと思いますが・・

側に居て癒してくれて、辛い時に慰められたりされて、

外では強い自分も、その女性の前だけでは弱音を吐いて

理解してくれる方が良いのは理想の相手ですね~

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親父逝去3ヶ月が経過。

※近況

①母親が内向的な性格でディサービスなどを紹介して友達を見つけて
 欲しいと思い私の無職が幸いしてか?母親に付き添い地域支援センター
 の看護師と打ち合わせています。

私自身はサッパリ系の性格ですが、母親は尾を引く性格で親父逝去後
3ヶ月経過の今も夜は泣いています。

日々緊張感を持って行動することができることがいかに尊いか?
こういう時に思い知らされますね~

②私は無職で親父の49日法要が終わって9月よりは求職活動していますが
 さすがに昨今の雇用情勢厳しいですね~
 それと私自身が加齢したのも影響していると思います。

③今日のニュースを見ると結婚したい男性女性が大勢居るのに結婚できない
 男と女(私も無職ですが婚活していませんが頭の脳裏に入れています)

 女性が男性(夫)に求める平均的な要望は年収600万円以上という経済力

 私は無職だから今は論外ですね~

④だけど・・

 今企画してることは免許は持っているけど15年間車の運転をしていないので
 お金かけてペーパードライバー教習へ行き再度車を購入して運転しようか
 企んでいます。

 18歳から33歳までの15年間は運転経験ありますしね~ (年齢がばれる?)

 それと求職活動上手く行かない場合想定して資格取得し手に職をつける方向に
 行動転換するか??

 資金はあるので無職でも焦りません。

 しばらく求職活動しますが、サラリーマンよりやっぱ手に職つけるか?検討中です。

 基本的に午前中は仕事探し、午後は散歩散策指圧とか自分が時間を操っています。

 安くて良いのでパート的な仕事を探していますけどね~

 人生は甘くはないけど私はマイペースで行いたいと思っています。 
2012年8月と言うよりは、2012年夏の統括??

思い出でしょうか??

7月14日土曜日に親父が亡くなって告別式までの緊張と

49日法要(去る8月18日)を済ませて・・

仏壇を8月2日に購入して、親父の相続関連事務の大変なこと。

法務局や税務署、市役所、年金事務所などに数回足を運びました。

これも足を運び細かい事務をしましたが良い経験になったと

思います。

逆に無職の自分が自由に時間を操れる環境にありましたので

無職が幸いしてしまった感じでもあります。

でも1日中相続関連事務をするわけではなく、たとえば・・

半日は相続関連のことをやって、残りの半日は散歩など・・

息抜きをしていました。



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写真は上から・・

よみうりランドの山の頂上から見る調布府中稲城方面の景色

多摩川左岸37キロ地点(北多摩第二号再生排水樋門辺り)

調布駅前広場

代々木公園

稲城親水公園の川

などです。

夏と言えば高校野球に今年はロンドンオリンピックも開催された

のですが、相続関連事務作業のプレッシャーがあったので大好きな

高校野球もオリンピックも観ませんでした。

49日法要後は昨日まで親父のお墓参り4回と・・

それに私は今無職ですがあまり不安がないんですね~ 

(不安がないのは逆に良くないとおもいます)

完璧に親父の介護はできませんでしたが、無職が幸いして

時間を自由に使えたので良かったです。

これからゆっくりと職探ししたりパソコンの勉強したり

15年ぶりに車の運転再開(検討中)するためにペーパー

ドライバー研修にでも行こうか??

そして婚活ですかね~

無職ですが・・

そんなことを考えている昨今です。 

相続関連事務は大半が終了していますので今は気が楽ですけどね~

あとはアイフォーンは7月に解約しましたのでドコモのスマホでも

購入するため今、総合カタログ見て検討中でもあります。

カタログ見るのは楽しいですよね~

ではまた!! (^-^)/

※以下の内容は病院への苦言内容になりますので興味の無い方はスルーしてください

一応、記録に残したいのでブログ記事として残したいと思います。

実際には医師の先生は適確な判断をしてくれていたと思います。

医師に対しての苦言は一切ありません。

問題は看護師の対応です。

確かに一生懸命やってくれてたと思いますし医療介護関連は私は当然素人的な

見方しかできません。

20数年前に祖父母が癌に犯されましたが、その時は私も若かったし・・

今回は父親の癌闘病でありますので、初めて癌になった親父が一番辛いとは

思いましたが、家族も相当辛く・・

5月18日(金)に主治医から肝臓全体に広がる黒い影(癌の影)CT写真より

余命半年~1年・・ う~ん1年は厳しいかな?との所見でした。

母親に親父の余命のことを告げると大パニックになるので私の胸の内にしまい

込み、後日妹にメールで親父の余命のことを知らせました。

ジェムザール点滴投与は都合3回行いました。

延命のために行ったジェムザール点滴投与、結果的には親父の胆嚢癌(肝臓転移)

効き目なし。

代替医療の漢方も効き目なしという結果(親父の場合の話しです)になりました。

それは、致し方のないこと。


親父が亡くなる前日の7月13日(金)に主治医交えて翌週退院予定の治療計画が

説明され、それが親父の元気な姿を見る最後の日となりました。


翌日の7月14日(土)私も油断はしていたのですが、母親が午前10時頃に病院へ

親父を見舞い、親父の様子がおかしいと電話連絡を受けてタクシーで私は病院へ

向いました。


午前11時頃、病室に着いた私がいきなり目にしたのは、親父の息が荒く母親の腕に決死に

しがみつく光景を目の当たりしてナースコールを押して「親父の息を楽にさせて」

と看護師に指示したのですが、当日は主治医が病院内に居らず(不在)なかなか

他の医師もこなければ看護師もこない。

2度目のナースコールを押すと、看護師が来て・・

血圧測定や酸素濃度を図り90を若干下回る程度と言われ、親父の2~3日便秘をしていたので

下剤を飲ませたり、肝臓の痛み(癌の痛み)であると判断してた様子がうかがえました。


しかし一向に親父の息が荒く母親の腕に、しがみついた状況変わらず・・

今度は浣腸される有り様。

私は不思議に思いながらも、そういう場面は見たくないので病室から離れたのですが

これが親父との生前最後と視認となりました。

その後のことは母親と看護師のやりとり・・

オムツを買ってきてくださいと看護師に言われ病院内の売店に行くため病室から離れた

母親。

その後に私が当直の外科医師に呼ばれ・・

■1回目の医師の説明

肺まで水分が達し溺れている状態であると説明を受け、即座のモルヒネを

使用すると説明し承諾しましたが・・

■2回目の医師の説明

1分も経たないうちに当直医師が戻って来て・・

心臓が止まりましたとの説明(モルヒネ投与できず)

そして個室に移動・・

12時15分に死亡宣告されました。

こういう経緯なんですが・・

問題は母親が売店にオムツを買いに行っている隙に親父が逝去したので

最後を看取れなかったことを今も母親は、その時の看護師を恨んでいます。

誰か代わりオムツを買いに行かせて、ずっと自分(母親)は亡き親父の

側についていて最後を看取ってやりたかったとのこと。


私は医師に別室に呼ばれていたので親父の側には結果的には居てやることは

できなかったのですが・・

医師は体内の水分が肺に達していると適確に判断してくれてます。

看護師はその状況がわからず、下剤を飲ませたり・・

浣腸をしたり・・

これは一体?どういうことなのか??

冷静な今の自分は考えさせられます。


※以下引用


お父様を肝臓癌であっという間に亡くされて、末期医療のお粗末さを身を持って体験し、緩和ケア医療に携わることを考え始めたそうです。もともとは麻酔科の医師で、専門的にも、緩和ケアで使う薬のことなどには詳しかったので、自分に向いていたそうです。ただ、麻酔科は患者と直接話したりすることは一切しないので、緩和ケアを始めて最初のころは患者さんとコミュニケーションをとることに苦労したそうです。

でもそれから8年くらい、死に際の人たちに接し、多くの人を看取ってきたわけで、人間が死ぬ瞬間というのにかなりの回数立ち会ってこられていて、昨日はスライドの中で死ぬ直前の人間の様子を言葉で表現されていました。誰もがこうなるというわけではないのでしょうが、たいていの人は病気や老衰の場合こうやって死んでいくのでしょう。

死の数分前~死まで


水からあげられた魚のような呼吸になる。一度か二度長い間隔をあけた呼吸に続いて、最後の呼吸がみられ、全く反応がなくなる。

とのことです。でも私の母の場合は、たしかに水からあげられた魚のように、ぱくぱくと口を大きく開けたり閉じたりして一生懸命呼吸をしていたのですが、そのままだんだんと口の開け閉めが小さくなっていって、「あれ?もう息をしていないように見える」と思ったのが私が気づいた母の生と死の境でした。だから最後の呼吸には気づきませんでした。

死の兆候というのも紹介されました。
死の2週間から1週間前の体の変化だそうです。
血圧が下がる、心拍数が増えたり減ったりする、体温が上がったり下がったりする、汗を多くかく、皮膚の色が青ざめたり、青白くなったりする、呼吸が不規則になる、痰が増える、眠っていることが多くなる、食事をせず、水分をわずかに摂るのみとなる。など。

体調に波が出てきて、一見元気になったようにも見えることがあるのだそうです。母の場合は、血圧、汗、眠っていることが多くなる、水分をわずかに摂るのみとなる、などが最後の1週間くらいに見られた死の兆候だったかと思います。死の当日は、足先が青ざめていたようにも思います。痰や呼吸で苦しむことは幸いなかったけど、痛みは本当にひどかったです。でもこのホスピス医は、呼吸の苦しさが一番かわいそうと言っていたので、母はその点では良かったと思います。

老衰も含めて末期になってくると、人間は枯れていこうとするので飲み食いがあまりできなくなるのは自然なことであるのに、家族は元気になってもらおうと、食べさせたり飲ませたりしようとするそうです。胃に直接流動食を流し込む処置(いろう)は、治る人なら必要だけど、もう枯れるだけの人にとっては虐待に近いそうです。でも「いろう(漢字が・・・)」は一種の流行だそうです。点数が高いので病院はこれをしたがるのだとか。

人間が最も安らかに死ぬということは、きれいに「枯れて」いくことだ、とこの医師は言っていました。腹水などがたまってきても、呼吸を圧迫したりしない限りは無理に抜いたりせずにいると、食べたり飲んだりできなくなったときに、腹水に豊富に含まれる養分を体が使い始めて、しまいにはお腹はぺちゃんこになるそうです。母も少し腹水があった時期もありましたが、最後は本当にきれいに、痩せてミイラのようではありましたが、お腹はぺちゃんこになりました。抗癌剤やモルヒネの副作用で便秘にもそうとう苦しんだのですが、死の数日前から便通もかなりあり、母の体は本当にきれいに枯れることができたと思います。手先や足先のむくみは取れなかったのですが。。。

この人は在宅専門のホスピス医なので、特に在宅で安らかに死ぬということについて話されました。在宅で看取る時には、定期的に診てくれる医者が必要であると、ちょっと宣伝かとも思いましたが、おっしゃいました。つまり、家で看ていた人の呼吸が止まった時、定期的に診てくれている医者がいる場合には、その人に連絡して死亡確認をしてもらえばいいけど、呼吸をしていないといって救急車を呼んだりする人がいて、救急隊が救急病棟に運ぶと、呼吸の止まった人が老衰であろうと末期がんの患者であろうと、救急医療チームは心臓マッサージをしたり、とにかくできることを一生懸命やってしまい、結局「安らか」とはかけ離れた死に方をする上に、高額の医療費を請求されてしまう、ということでした。救急隊が到着した時にすでに死亡している場合は、救急隊は警察を呼んで帰っていき、どうみても病死なのに変死ということで、家族の事情聴取などが行われるそうです。だから「安らかに」逝ってもらいたいという気持ちがあるなら、そのために必要な知識をもって行動すべき、ということをこの医者は言いたかったのだと思います。

とはいっても、24時間365日対応の在宅ホスピス。スタッフ不足だと思います。このように犠牲的な仕事に関わっている医療従事者には本当に頭が下がります。ご自分の家族もかなり犠牲にされていることと思います。ただでさえ医者不足で、若者の医学部離れが「仕事がきつい」ということなので、これからなおさらスタッことはできない。痛みをとったり、苦痛をとったりという医療の力を借りて安らかに死ぬことができる、と、おっしゃっていました。

※引用終わり

という感じにマニュアルというものが病院には無いものか??

親父自身は亡くなる1ヶ月前から血圧の変化(血圧が低かったり)

意識が朦朧とすることが多々見られ、上記の引用記事に記されて

いる内容に当てはまりました。

また後日談として主治医に挨拶に行き肺に水分が溜まっていたことを質問

しましたが、人間は死の寸前は水分が胸まで達するそうです。

つまり便秘の痛さもあったけれど優先順位としてはモルヒネを早く投与

して欲しかったと一語に尽きます。

(察するに、看護師も医師の指示がないと医療行為はできないとは思いますが・・)


その場合も「呼吸抑制」ということを長男の私が辛い判断しなくてはいけない

場面が発生したかも?知れませんが、モルヒネ投与する前に心臓が停止した親父

さぞかし苦しかったと思いますが、私としては死の時間は変えられなくても

最後は家族に看取ってもらい、楽に逝って欲しかったと思いました。

親父の息があがっているので3回ナースコールを押して息を楽にしてあげて

くださいとお願いしたのにも関わらず、下剤や浣腸という対応した看護師・・

医師は適確に肺まで水が達し溺れている状態に同じという説明でした。

たしかに大きい病院ですからね~

緩和ケア体勢でとお願いしていたにも関わらず、お粗末な対応だったと

親父の最期に関しては思いました。

これを論じていても私たち家族は前に進みませんのでもう忘れますが・・

母親はショック(精神的ダメージ大きいですね~)

母親を今後守り切る上での経験として、病院は安心して任せてください

と言うかも知れませんが細かい配慮は家族でないとできません。

上記記事の引用記事の内容から癌患者の末期を察して・・

私は末期癌の入院と判断(突発的に死亡確率が高い?)した場合は

まず個室の病室と家族が必ず付いてあげることと緩和ケアの体勢で

させるということを今回は教訓として脳裏に残りました。

最後に体が死亡硬直するので母親と私は遺体に着させる洋服を取りに

一旦自宅に母親と戻りましたが、その後妹夫婦が親父の遺体のある

個室で親父の死後に親父が嘔吐したらしく・・

相当苦しかったと思い、親父には本当に申し訳けないことをしたと

思っています。

しかし、もう・・

親父逝去後13日経過した今日ですが・・

忘れて前に進まんといかんのですがね~

私は49日が過ぎるまで、この夏はのんびり事務作業しながら休みますが・・


長文で失礼しました。