やなせたかし展に行ってきた | LEVEL-D とある笛吹きの日常

LEVEL-D とある笛吹きの日常

福岡でリコーダーの路上ライブをメインに音楽活動をしています。

40代のゲイです。長く付き合っている彼氏がいます。

どうも(;`Д´)y━~ボクですw

 

今日の挨拶

 

水曜日、東京から母方の親族(母の弟家族)が福岡に遊びに来ていたので、きょうだい3人で居酒屋に行くことになりました。

母方の親戚とは、東京に住んでいることもあって普段なかなか会えないのですが、亡くなった祖父が太平洋戦争中に日本軍のスパイをしていたという、衝撃的な話を聞くことができました。(母方の祖父とは、母が若い頃にすでに離婚していたため、私自身もほとんど交流がありませんでした。)思いがけず貴重な話が聞けて、とても良い飲み会になりました。

 

さて、本題。

ここ二年ほど彼氏には金銭的にお世話になっていたこともあり、恩返しというわけではありませんが、彼の休みに合わせて私が有給を取り、以前から行きたがっていた「やなせたかし展」に一緒に行くことにしました。

当日は午後1時ごろに彼氏の家まで迎えに行き、まずは一緒にランチへ。
赤坂にある「SUBWAY」に久しぶりに行き、懐かしい味に舌鼓を打ちました。

 

 

そのあと、近くの駄菓子問屋が一般向けに販売する日だったので、そちらにも立ち寄ることに。


赤坂から天神まで歩き、そのまま県立美術館へ向かいました。

階段では、やなせ先生のキャラクターたちが出迎えてくれました。

朝ドラ「あんぱん」を観ていた影響もあって、展示物の一つひとつに「あのシーンだ!」と思えるものがあり、胸が熱くなりました。

特に印象に残ったのは、「アンパンマンのマーチ」の歌詞を書き換える場面の展示です。
もともとの歌詞「たとえ命が終わるとしても」は「たとえ胸の傷が痛んでも」に、「悲しみを消すために」は「みんなの夢守るために」と、子ども向けに修正されたそうです。

やなせ先生は戦争で弟さんを亡くし、ご自身も飢えを経験したことから、あの歌詞を書いたのだと思います。しかし、子ども向けアニメとしては重すぎるという理由で、テレビプロデューサーから修正を求められたとのこと。その原稿が展示されていて、思わず胸が熱くなりました。

「人生はよろこばせごっこ」

本当に素敵な言葉です。

見に行けて良かったと心から思える一日でした。

 

では願わくばまた明日☆彡

どうも(;`Д´)y━~ボクですw

 

今日の挨拶

 

水曜日、東京から母方の親族(母の弟家族)が福岡に遊びに来ていたので、きょうだい3人で居酒屋に行くことになりました。

母方の親戚とは、東京に住んでいることもあって普段なかなか会えないのですが、亡くなった祖父が太平洋戦争中に日本軍のスパイをしていたという、衝撃的な話を聞くことができました。(母方の祖父とは、母が若い頃にすでに離婚していたため、私自身もほとんど交流がありませんでした。)思いがけず貴重な話が聞けて、とても良い飲み会になりました。

 

さて、本題。

ここ二年ほど彼氏には金銭的にお世話になっていたこともあり、恩返しというわけではありませんが、彼の休みに合わせて私が有給を取り、以前から行きたがっていた「やなせたかし展」に一緒に行くことにしました。

当日は午後1時ごろに彼氏の家まで迎えに行き、まずは一緒にランチへ。
赤坂にある「SUBWAY」に久しぶりに行き、懐かしい味に舌鼓を打ちました。

 

 

そのあと、近くの駄菓子問屋が一般向けに販売する日だったので、そちらにも立ち寄ることに。


赤坂から天神まで歩き、そのまま県立美術館へ向かいました。

階段では、やなせ先生のキャラクターたちが出迎えてくれました。

朝ドラ「あんぱん」を観ていた影響もあって、展示物の一つひとつに「あのシーンだ!」と思えるものがあり、胸が熱くなりました。

特に印象に残ったのは、「アンパンマンのマーチ」の歌詞を書き換える場面の展示です。
もともとの歌詞「たとえ命が終わるとしても」は「たとえ胸の傷が痛んでも」に、「悲しみを消すために」は「みんなの夢守るために」と、子ども向けに修正されたそうです。

やなせ先生は戦争で弟さんを亡くし、ご自身も飢えを経験したことから、あの歌詞を書いたのだと思います。しかし、子ども向けアニメとしては重すぎるという理由で、テレビプロデューサーから修正を求められたとのこと。その原稿が展示されていて、思わず胸が熱くなりました。

「人生はよろこばせごっこ」

本当に素敵な言葉です。

見に行けて良かったと心から思える一日でした。

 

では願わくばまた明日☆彡