人生のどん底を味わった日から、2年が経ちます。
息子が1ヶ月になる日。
やっと娘を公園に連れて行ってあげられるってソワソワしてた。
あの日のこと、そして闘病生活は今でも鮮明に思い出します。
運ばれた病院で辛そうに呼吸している娘
脳炎、もしくは脳症である可能性が高いと告げられた瞬間
転院する為に救急車に乗り、握っていた娘の手
待合室での気が遠くなるような時間
止まらない涙
目を開けた瞬間の安堵
退院できると言われた日のどんでん返し
そこから始まった病状の悪化
夜、どうか鳴らないでと願いながら枕元に電話を置いて
朝がくるたびに鳴らなくて良かったと安堵する毎日
病状が悪化している間は病院に着くとお腹が痛くなって
病室では変わり果てた娘と笑顔で向き合って
家に帰ると、いつも遊んでいたおもちゃを見ては絶望した
誰もいない遊び部屋に呼びかけた
障害が残っても、支えてくれるママ友達のそばにいたいという気持ちと
誰も知らないところに行きたいと思う気持ち
どんなに周りの人に前向きな気持ちや笑顔を振りまいても
私と旦那の間では…
あの頃はまさか、今みたいに普通に笑って一緒に過ごせるなんて想像すら出来なかった。
娘が生きている。
娘は生きている。
それ以上のことを望んではいけない気がしていた。
娘を真ん中に川の字で寝ていたベッド。
入院中も私と旦那がそのスペースを埋めることはなかった。
そこは娘の場所だから。
退院の目処が全く立たない中で
なくしてしまったら戻ってこないような気がして。
そんな風に過ごした1ヶ月半。
忘れられる訳ない。
でもね。
病気になったことは、本当に悔しいし
本当に悲しい。
だけど、その現実を受け入れた上で、娘は本当にラッキーだったと思います。
脳症になって、普通に生活出来ることがどれだけ確率が低いことか。
病気を調べまくった私達はそれを知っているから。
こうして普通の毎日が送れることは本当に幸せなこと。
本当に神様に感謝します。
私もだいぶ正常に戻ってきました。
退院した頃は、なにもかもが最悪の事態に直結するような気がしていました。
肉や魚は何度も何度も火を通して固くなり、野菜もちょっと気になることがあると全部捨てて、調理したものも不安がよぎれば食べさせられなかった。
なんでも消毒して、何度も洗って、出かけてもばい菌が気になって1日中不安で。
毎日10回以上熱を測って、熱が出れば眠れなくて。
ちょっとでも風邪をひいてる友達とは遊べず、ちょっと風邪をひけば引きこもった。
私の性格からしたらありえないです 笑
今はもう、去年幼稚園の洗礼を受けまくり、風邪くらいじゃ動じなくなったし、外出した時には割り切って楽しめるようになった。
熱なんて滅多に測らないし、お友達がいる時は公園でお菓子を食べることにも慣れてきた。
せっかく元気になったんだから、一緒に楽しく過ごしたい。
気にしすぎて神経質に過ごすのは、子どもには窮屈だもんね。
そう考えられるようになったことが、私にはすごい進歩です。
不安は常につきまとうけれど。
これからも、娘が、息子が、笑って元気に過ごせるように。
ずっと一緒にいられるように。
過去にとらわれすぎず、前を向いて生きていきたいと思います(^^)