こんにちはあしあと



今回はぽっちゃん育児ブログからは

少し外れるかもしれませんが




世界が仰天ニュースを見ていて

思い出された女の子の事を書きたいなと思います。


保育の話や宗教の話が出て来ます


苦手な方はスルーして下さいニコアセアセ






ビーグル犬しっぽビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬からだビーグル犬あたま






その子は私が担任をした子の中でも


とっても聡くて

年齢の割にしっかりとした

年中さんだけど空気の読めちゃう



制作や遊びも上手で高度だから

お友だちから慕われたり憧れられたり


クラスの中でもお姉さんな子でしたキラキラ






けどそんな彼女には

できる事以上にできない事がたくさんあった






誕生日を祝う事、祝われる事

いただきますをする事

クリスマスを楽しむ事

母の日のプレゼントを作ること

鯉のぼりやお雛様を作ること

盆踊りを踊る事

ハロウィンの仮装をする事

神社に初詣にお散歩に行く事


上記に関連した歌を歌うこと






できない事というよりは

やれない事と言った方が正しいのかな






テレビで紹介されてた女の子と同じく


彼女もご両親が信仰されてる宗教が理由で



保育園生活だけでも
数多くのことに制限がかかりました。


私がパッと思い出せただけで
コレだけあるのだから


実際はもっとあったと思うし


今大きくなった彼女が同じ状況下であれば


もっともっと、やれない事が増えていると思う







担任になった初日に

お母さんから


宗教上の理由で(宗教の名前は伏せます)
何かと配慮をいただくと思うのでよろしくお願いしますと



ご挨拶いただき





私もできる限り沿うようにします

その都度お母さんにも園での事を

確認させてもらいますね


とお話しました



制作物も
みんなと同じ経験ができるようにして


絵の具やハサミで
やることは同じだけど

出来上がりは違うものにしたり…


(例えば鯉のぼりなら魚にしたり)








けれど、この私とお母さんの確認作業が
制作物の配慮が


もしかしたら彼女の自由をもっと狭めていたのではないかと

今思うと少し悲しい気持ちになります






いただきますの代わりにお祈りをする彼女


その机の上に組まれた手が
机の下に下がっていったのはいつ頃だったのか



お母さんにその事もお伝えはしたけれど

伝えた事が、はたして良かったのか





歌えない歌になると黙ってその場に立っていた彼女

学年の後半には
歌えない部分を自分で選別して
出来るだけ歌ってた


本当は全部みんなと一緒に歌いたかったんじゃないのかな




七夕会の出し物の練習(確か合奏だった)を

七夕とは関係のない歌にしたので
とっても張り切ってやったけど


最初から七夕会の日はお休みすることが決まってた




盆踊りやクリスマスのフォークダンスになると

みんなの輪から外れて
ひとり椅子に座って眺めてた






誕生日会の日には園自体をお休みしてた


みんなとおやつに誕生日ケーキを食べる事もなく卒園した



クラスで誕生日当日に1人ひとりが祝ってもらうのは毎回見ていて


自分の生まれた日の時には何もない

誕生日のリボンすらつけることはない





それって

私の家はそうだからって


よそはよそ、うちはうちって


そういう感覚で割り切れるんだろうか






そして、やれない事があると


自分で私のところに来て


先生、〇〇はこれやれません


と伝えてくれる




その時のちょっと困ったような

申し訳なさそうにする立ち振る舞いが





子どもにとって
宗教ってなんなんだろう…と



親の信仰がそのまま子どもへと受け継がれていく



自然な事なのかもしれないけど



小さな子どもにとっては


まず家族が世界なわけで


良いとか悪いとか
そこで学んでいくのだから




選択の自由とかって
結局はないんじゃないだろうか






彼女のお母さんは

とっても気さくで、礼儀正しくて


さっきテレビに出てたようなお母さんとは違うと思うけど


(そのお母さんは自分の子が無宗教の子と遊んだ時に
楽しくなかったよね?無宗教の子なんかと遊んでも楽しいはずない。とか何とか決めつけて声かけしてた)





子どもにとってお母さんって

特に小学校上がる前なんて


ほとんど全てだと思う



2歳のイヤイヤ期迎える前なんて
一心同体だったんだもの




そのお母さんがやってることは

絶対正しいって思うだろうし


お母さんに喜んでほしいって思うだろうし







ハロウィンの時

友だちがきゃりーぱみゅぱみゅの曲に合わせて踊るのを


羨ましそうに見てた彼女



違う曲をかけてと言ってくるので

順番にかけたけれど



他の子はみんな、きゃりーの曲にしてほしくて

その時にとっても盛り上がるから




彼女は次第に違う曲にしてと言ってこなくなった




何とも悲しくなって


その様子をお母さんに伝えて

歌謡曲もダメですかねーみたいに
軽く聞いてみたところ



最近は本人の意思に任せているとの事で…




お母さんは本人が望めば
宗教上タブーにしてる事もやっていいと言っている…らしい




けれど、その翌日に

お母さん、〇〇ちゃんがやりたかったらやってもいいって言ってたよ


と伝えるも




彼女がその曲の遊びに参加することはなかった




聡い子だから

お母さんが望んでないって
思うのかな



家族の中で、自分だけ違う事になるのが怖かったのかな
(お父さんも同じ宗教を信仰してらした)




自分からその宗教を信仰しませんって

思う日は、家族に言う日は


テレビの女の子みたいに

高校も終わる頃かもしれない




その頃には

今までにもう取り戻すことはできない


経験できたであろう色んな事が


数え切れないほどあるんだろう




もしかしたら、そんな日は来ないで

ずっと信仰を続けるのかもしれない


もしかしたら、実はその方が幸せなのかもしれない






宗教が悪いとか、そんな事は全く思っていないけど



宗教を選ぶのは
ある程度歳を重ねてからでいいのに




そう思うのは

私が仏教と言いつつの無宗教だからなのかな




子どもにとっては

お母さんのやる事、言う事が


絶対であって

そこで学んでいく



保育士も
常に子どもにとってのいいモデルであれ
って言われてたけど



お母さんってそれ以上
って当たり前だアセアセ



プレッシャーだー!



と感じましたとさ照れアセアセ




うちはパパまるにそういうモデルが期待できないから←
私が余計頑張らねば!笑









願わくば

彼女が今、寂しい笑顔をしていませんようにキラキラ







なんだかんだ、書いてたら落ちしたんで


途中までは昨日
後半は今日になっちゃいましたし
何とも雑なまとめ方ですみません(^_^;)






おしまいあしあと