過去をたどる 昨日は、中学、高校と進み なぜ 建築を選んだか
ぐらいまで書きました。
今日は、浪人時代と大学生活について。
まず、浪人時代 私は、一気に痩せました(笑)
ほんとに。 それが、どうしたって感じですけれど。
毎日、宮越屋珈琲に通い 珈琲を飲みながら
店長とお話をしたり、バックカウンターに飾ってある
鳥がついた水色のカップでどうしても飲みたくて
常連になるまで通う!! などと馬鹿げたこともやっていました。
宮越の店長は、独立する時に私にデザインを頼んでくれました
drop in cafe です。 今も平岸にあります。
そんななか、予備校の先生が 教えてくれた
ガウディーの生涯 という本 に出会って
私は、本格的に建築へ進もうと決心したわけです。
結局、浪人しても第一希望の 北大へは、入れず
第二希望の室工にも落ちて
(受かっていると思って合格発表まで見に行ったんです...
一緒にいった友達に悪いことしました・・・)
そして、行く気の全くなかった北海学園の建築学科へ
入学することになりました。
当然のごとく、教養という勉強も大学にはあり
一年目は、その勉強をするのです。が
これが退屈で、退屈で・・・・
(哲学や経済学を勉強する機会があったのに
もったいないな~と今は、思います。
いまなら、お金払ってでも教えて欲しい。
当時も高~い授業料はらってもらってましたが・・・)
早く、建築の勉強がしたかったのです。
そんなわけで、サークル活動の方にはまり
競技ダンスをやっていたわけですが
これが、ハードなのです。
いままで使ったことがない筋肉をそれも
全身・・・・
週3回練習があり、その他に
プロの先生に習いにいくのです。
よくやっていたな~と思います。
結局2年で辞めちゃうのですが・・・
その他、私は塾の講師、JRAのオペレーターも
やっていました。
サークルを辞めてからは、
家庭教師のアルバイトもやったし、
夜中のコンビニ弁当を作るバイトもしました。
ミスドでドーナツを売っていたりも(笑)
それは、旅行をする為にバイトをしていたと言っても
過言ではありません。
まずは、憧れのガウディーを見に。
スペイン5日間という旅行へ。
スペイン市内、近郊のガウディーを
見て回りました。
サグラダファミリアを見た時には、
本当に感激でした。
それから、かれこれ4,5回見に行っていますが、
行くたびに新しい部分が出来上がっていて
それがまた、古い部分を一層引き立ててくれている
そんな気がします。
さて、建築学科2年目になると
山鼻校舎へ移り、本格的に
建築の勉強へとなるわけです。
が、ここでも構造の授業だったり、
設備や環境の授業がほんとつまらない。
どうしたって、今までに経験のないことを勉強している
わけなので、楽しいわけがないのです。
今、この授業を受けたら誰より真剣に受けているはずです(笑)
それは、今の仕事に直結するから。
当時、そんなことを教えてくれる先生がいたら・・・
いや、先生方は、教えてくれていたかもしれないです。
私は、寝ていたのかも(笑)
当時、こんなふうに真面目に授業を受けることがなく
でも、中学、高校時代の勉強の慣れがあるのと
短期間の暗記力は、人よりあるので
テストでは、そこそこ点数がとれるわけです。
ぬる~い大学生活な訳です。
というか、
いままで振り返ってみると
結局、突き詰めることをすることなく
ここまで、よく言えば、2番手を進んできたのだと
思います。
中学の部活に始まり、ユニフォームをもらうのは
人よりいつも早いんです。
でも、スタメンをとることは難しい・・・
一番にはなれないけれど、五番以内にはいる。
そんなかんじでしょうか。
振り返ると、中途半端ですよね。
中途半端ぶりをもう少し書こうと
思うのですが、今は、時間が足りなくなったので
また、次回。
ぐらいまで書きました。
今日は、浪人時代と大学生活について。
まず、浪人時代 私は、一気に痩せました(笑)
ほんとに。 それが、どうしたって感じですけれど。
毎日、宮越屋珈琲に通い 珈琲を飲みながら
店長とお話をしたり、バックカウンターに飾ってある
鳥がついた水色のカップでどうしても飲みたくて
常連になるまで通う!! などと馬鹿げたこともやっていました。
宮越の店長は、独立する時に私にデザインを頼んでくれました
drop in cafe です。 今も平岸にあります。
そんななか、予備校の先生が 教えてくれた
ガウディーの生涯 という本 に出会って
私は、本格的に建築へ進もうと決心したわけです。
結局、浪人しても第一希望の 北大へは、入れず
第二希望の室工にも落ちて
(受かっていると思って合格発表まで見に行ったんです...
一緒にいった友達に悪いことしました・・・)
そして、行く気の全くなかった北海学園の建築学科へ
入学することになりました。
当然のごとく、教養という勉強も大学にはあり
一年目は、その勉強をするのです。が
これが退屈で、退屈で・・・・
(哲学や経済学を勉強する機会があったのに
もったいないな~と今は、思います。
いまなら、お金払ってでも教えて欲しい。
当時も高~い授業料はらってもらってましたが・・・)
早く、建築の勉強がしたかったのです。
そんなわけで、サークル活動の方にはまり
競技ダンスをやっていたわけですが
これが、ハードなのです。
いままで使ったことがない筋肉をそれも
全身・・・・
週3回練習があり、その他に
プロの先生に習いにいくのです。
よくやっていたな~と思います。
結局2年で辞めちゃうのですが・・・
その他、私は塾の講師、JRAのオペレーターも
やっていました。
サークルを辞めてからは、
家庭教師のアルバイトもやったし、
夜中のコンビニ弁当を作るバイトもしました。
ミスドでドーナツを売っていたりも(笑)
それは、旅行をする為にバイトをしていたと言っても
過言ではありません。
まずは、憧れのガウディーを見に。
スペイン5日間という旅行へ。
スペイン市内、近郊のガウディーを
見て回りました。
サグラダファミリアを見た時には、
本当に感激でした。
それから、かれこれ4,5回見に行っていますが、
行くたびに新しい部分が出来上がっていて
それがまた、古い部分を一層引き立ててくれている
そんな気がします。
さて、建築学科2年目になると
山鼻校舎へ移り、本格的に
建築の勉強へとなるわけです。
が、ここでも構造の授業だったり、
設備や環境の授業がほんとつまらない。
どうしたって、今までに経験のないことを勉強している
わけなので、楽しいわけがないのです。
今、この授業を受けたら誰より真剣に受けているはずです(笑)
それは、今の仕事に直結するから。
当時、そんなことを教えてくれる先生がいたら・・・
いや、先生方は、教えてくれていたかもしれないです。
私は、寝ていたのかも(笑)
当時、こんなふうに真面目に授業を受けることがなく
でも、中学、高校時代の勉強の慣れがあるのと
短期間の暗記力は、人よりあるので
テストでは、そこそこ点数がとれるわけです。
ぬる~い大学生活な訳です。
というか、
いままで振り返ってみると
結局、突き詰めることをすることなく
ここまで、よく言えば、2番手を進んできたのだと
思います。
中学の部活に始まり、ユニフォームをもらうのは
人よりいつも早いんです。
でも、スタメンをとることは難しい・・・
一番にはなれないけれど、五番以内にはいる。
そんなかんじでしょうか。
振り返ると、中途半端ですよね。
中途半端ぶりをもう少し書こうと
思うのですが、今は、時間が足りなくなったので
また、次回。