これほど無力感を感じるようでは、何かが間違っているはずです。

弱体化した? 国連の役割は終わったのか
THE PAGE 5月28日(水)

 5月13日、シリア内戦の和平を担当する、国連とアラブ連盟のブラヒミ合同特別代表が、辞任の意向を発表しました。
国連の全面的支援が得られず、シリア和平を進められないことが理由でした。

 これに象徴されるように、北朝鮮の核開発やクリミア問題などでも、国連は期待される役割を十分果たせていません。
果たして、国連は「弱体化した」のでしょうか?

 「国連の機能不全」への批判は、しかし今に始まったものではありません。
その批判は冷戦時代から、主に戦争と平和の問題を扱う、安全保障理事会に向けられてきました。

 国連はもともと、第二次世界大戦の戦勝国である連合国を母体に、1945年に国際機関として設立。
しかし、冷戦時代は安保理で五つの常任理事国、なかでも米ソが対立。
お互いの提案に拒否権を発動しあい、安保理はほぼ何も決定できない時期が続きました。

 国連憲章では、加盟国同士の戦争に国連が軍事介入を行うことが認められていますが、実際に「国連軍」が組織されたのは朝鮮戦争(1950-53)の時だけ。
その決議は、ソ連が欠席していたため成立しました。

 しかし、1989年の冷戦終結で国連には大きな期待がかけられるようになり、その一方で唯一の超大国となった米国は国連との連携を模索するようになりました。

 ソ連崩壊と同じ1991年の湾岸戦争でクウェートに派遣されたのは、米国を中心とする多国籍軍。
これは国連憲章で定められた「国連軍」ではありませんが、安保理の決議を受けて、有志の国連加盟国が派遣した部隊でした。

 その後、米国は安保理決議という「お墨付き」を得て軍事活動を起こし、一方で自前の兵力をもたない国連は米軍と連携することが多くなりました。
それは冷戦終結直後の米国が、中ロを含む他の常任理事国に対して、絶大な影響力をもっていたからこそ可能だったと言えます。

 ところが、1990年代に米国など欧米諸国が、他国の内戦に介入することが目立つようになるにつれ、これに対する拒絶反応も生まれました。

 1999年、セルビアのコソボ自治州で民族紛争が激化。
これを受けて、米国などは「アルバニア人がセルビア人民兵に虐殺されている」と軍事介入を主張。
これに対して、中ロ、なかでもセルビアと近いロシアは「セルビアの主権を侵害する」と反対。
結局、安保理で決議が得られないまま、NATO(北大西洋条約機構)はコソボに軍事介入したのです。

 内戦では一方の当事者が全面的な「被害者」になることは少なく、コソボでもアルバニア人によるセルビア人襲撃は報告されています。
しかし、欧米各国の政府はメディアを通じて高まった世論に押され、自らが「被害者」と認定したグループを支援するため、安保理決議を回避してでも、「人道」を掲げて軍事介入を行ったのです。

 これに対して、中ロは国内にやはり少数民族問題を抱え、その人権状況などが欧米から批判されています。
この背景のもと、コソボやその後のイラク(2003)で安保理決議なしの軍事介入が行われたことは、中ロの欧米に対する警戒感を強めました。

 そのため、特に2000年代半ば以降、原油価格の高騰でロシアが急激に経済成長し、さらに中国が世界第二の経済大国になったこともあり、中ロは頻繁に欧米と対立するようになりました。
しかし、それは結果的に、安保理がほとんど機能しない、冷戦時代と似た状況を生むことになったのです。

 その歴史が示すように、国連安保理は大国の利害が衝突する場です。
そのため、現代の様々な問題に関しても、中立公正な役割を期待することは困難です。

 ただし、国連、特に安保理決議に代わるほどの正当性をもった決定が、他にないことも確かです。
したがって、各国は今後とも行動を起こす場合に国連を利用しようとし、それによって安保理での対立が鮮明になると考えられるのです。
(国際政治学者・六辻彰二)

結局、拒否権を持つ常任理事国が自国の利益で行動することを誰も批判できないところに国連の限界があります。

人権や自由の制限されている中国が、常任理事国として世界の平和や平等などを語る資格があるとは到底思えません。

こうした大国同士のエゴの衝突を防止するためには、各国は自国の軍隊を放棄し、国連にのみ軍事力を持たせる形にしない限り不可能です。

国連には、各国の知恵者(決して単純に母国の代弁者ではない)を全権委任で派遣し、その各国の知恵者の集まりが国連決議体となり、各国で起こった紛争問題に対して最終的な処方箋を示し、その決定には全ての国が従うという地球防衛軍のような役割です。

自由、平等、平和という価値観を何よりも優先する機関ですので、中国や北朝鮮は加盟しないでしょうが・・・。

こんな単純で当たり前な価値観さえ共有できない人類とは、やはり愚かな存在です。

次の話題です。

これは、面白い!

スマートフォン顕微鏡「Leye」がすごすぎる 
ミクロの世界をスマホで観れる時代突入
ねとらぼ 5月27日(火)

 スマートフォンが顕微鏡になる!? スマートフォンに取り付けられる新しいカタチの顕微鏡「Leye(エルアイ)(税込3780円)」がAmazonや東急ハンズの一部店舗、AppBank Store 新宿で発売された。

 使い方は簡単。
スマートフォンのカメラアプリを起動しフロントカメラに切り替え、スマートフォンのレンズに合うようにLeyeを置いたら完成。
あとは、見たいものをLeyeのレンズに置けば、ミクロの世界がくっきりと映し出される。
そのままスマートフォンのシャッターを押せば、ミクロの世界の写真を撮ることも可能だ。

 Leyeを使えばアメーバやヒマワリの茎、ミドリムシ、タマネギの表皮細胞など、昔理科の授業で使った顕微鏡と同じくらい見えるそう。

 この顕微鏡「Leye」を開発したのは、自然科学研究機構生理学研究所 名誉教授の永山國昭氏と、電子顕微鏡受託観察などを行う企業「テラベース」。
「99.97%の生物は人間より小さい。
でも人間は目に見えるものしか興味がないから、そのことを認識していない。
だから観せたい。ミドリムシ、あいつらは小さいけど生きている。
ちゃんとうごめいている。ライフを持っています」と永山教授は語る。

スマホの利便性はアプリの創造性のおかげでとどまるところを知りません。

次のアプリは遠くが見える望遠機能と暗がりでも見える赤外線機能でしょうか、ねえ。

では、音楽の時間です。
無性に彼の曲を聴きたくなるときがあります。
Neil Young mellow my mind