グラチャンバレーの結果です。

全日本女子、ロンドン銀の米国に1-3で敗れる=グラチャンバレー
スポーツナビ 11月13日(水)

 バレーボール女子のワールドグランドチャンピオンズカップ2013(通称:グラチャン)の2日目が13日、名古屋・日本ガイシホールで開催された。

 開幕戦を白星で飾った全日本女子はロンドン五輪銀メダルの米国(世界ランキング2位)と対戦。

第1セット序盤は競り合いとなるが、米国のブロックにつかまりだし19-25でこのセットを落とす。

 第2セットは日本が木村沙織らの得点で13-10とリードを奪うが、その後の連続失点で逆転。
19-25でこのセットも奪われてしまう。

 第3セットは代わって入った岩坂名奈、長岡望悠らがポイントをあげ米国からリードを奪うと、25-19で一矢を報いる。

 第4セットは再び序盤は接戦となるが、米国が中盤で4点リード。
しかし日本も追い上げ2点差まで詰めるが、最後は米国に押し込まれ21-25で落とし、セットカウント1-3で敗れた。

 大会3日目は移動日をはさんだ15日に行われ、全日本女子はアジア代表のタイ(世界ランキング12位)と対戦する。


練習試合で手の内を見せている米国相手ではMB1がうまく機能しませんでした。

逆に身長のある岩坂がいい働きをしていたので、第4セットは岩坂をスタートからメインに使ってよかった気がします。

MB1という戦術にこだわりすぎたベンチワークの悪さが悔やまれた試合です。

しかし、米国選手のレシーブ力は日本以上で驚異的です。

がんばれ、日本!

では、本題です。

とても危険ですよ~!

<スマートフォン>危険な距離感 
「個室」身にまとい歩く 
現実からは隔離
毎日新聞 11月12日(火)

 駅のホームでふと見回すと、並んでいた8人のうち7人までがスマートフォン(多機能携帯電話)を見ていた。

電車が来るとそのまま前に……危なっかしいことこの上ない。

「歩きスマホ」が急増し、事故も相次いでいる。だが当人たちは不思議なほどに無頓着。

人にぶつかっても何もなかったように通り過ぎる。

この奇妙な距離感はなぜ?【内野雅一】

 衝撃的な事故だった。

 10月16日午後8時15分ごろ、東武東上線大山駅(東京都板橋区)のすぐ西側にある踏切で、近くに住む47歳の男性が池袋行き快速急行電車にはねられて死亡した。

「衝撃的」なのはその状況だ。

 警視庁板橋警察署の高口雅人副署長(49)が事故を振り返る。

 「遮断機は道の左右から下りるタイプで、真ん中にわずかに隙間(すきま)ができます。
複数の目撃証言によると、男性は携帯電話の画面を見ながら、真ん中の隙間から体で遮断機を押し開くようにして踏切内に入っていった。
そこに右から上り電車が来ました。
家族の話では自殺する理由はないとのことで、警察では事故と判断しています。
イヤホンはつけていませんでした」

 現場に行ってみた。

 警報機の音はかなり大きい。この音が耳に入っていたはずなのに、電車はまだ来ないと思ったのか……。

「電車が鳴らした警笛に驚くようなしぐさをしたとの証言がありました」(高口副署長)。

気づいた時は、もう遅かった。

 携帯電話やスマホを歩きながら操作する危険性は以前から指摘されてきた。

国土交通省によると、スマホなどを操作中に駅のホームから転落した事故は、把握できただけで2010年度に全国で11件、11年度に18件。

こうした事態を受け、JR東日本は立ち止まって携帯電話やスマホを操作するように呼びかけるポスターを掲示したり、車内放送で注意喚起したりしている。

交通事故も起きている。今年5月には、千葉県我孫子市内の信号機のない交差点で、歩きスマホの30代の男性が右折してきた乗用車にはねられ、全治3カ月の重傷を負った。画面を見ていて、車に気づくのが遅れたという。

 歩きスマホが歩行者の視野にどんな影響を与えるかを研究している愛知工科大学教授(交通工学)の小塚一宏さん(68)は、たまたま東京出張中に冒頭の死亡事故を知り、翌日現場の踏切に足を運んだ。

 「男性が使っていたのは携帯電話だったようですが、スマホはツイッターなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の内容が刻々と更新されるので、携帯以上に画面に集中することになり、周りからの情報が入りにくくなります。
音にも鈍感になります」。

世界とつながることができても、歩きスマホは身近な現実から人を隔離してしまうと指摘する。

 小塚さんは、道路を渡る際、手ぶらの時とスマホで通話中、そしてツイッター中で視野がどう変化するかを、名古屋市内の交差点で視線計測装置を学生につけて実験した。

「手ぶらでは周囲をよく見て、注意を払います。
通話中は少し視野が狭くなる程度。
それがツイッターになると視線が画面にくぎ付け状態で、時々上目で前方を確認するくらい。
左右に視線が行かなくなり、横から来るものへの注意が極端におろそかになります」

 モバイル研究家の青森公立大学経営経済学部准教授、木暮祐一さん(46)は「携帯電話まではそれほどではなかった即時性がスマホで一気に高まり、画面を食い入るように見る時間が長くなって、より危険になった」と警告する。

 「私的な空間が公のところにしみ出してしまった」と指摘するのは「ケータイ化する日本語」の著者、東京大学教授(歴史社会学)の佐藤健二さん(56)だ。

 「SNSやさまざまなアプリケーションに集中できることで、本来家の中にあった私的な空間『個室』が外部に持ち出された状態になっています。
歩きスマホは目に見えない個室を身にまといながら人が歩いているようなものです」。


それが心理的にも人を隔離するという。

「未知の人がたくさんいるのが公の空間。
そこでは敬語を使ったり、道を譲ったりと、言葉や態度を改め人を気遣うのが当たり前。
ところが私的な空間から出ないなら、人との物理的、心理的な距離感に気を使う必要がなくなる」。

私には理解しにくいが、歩きスマホは居心地がいいに違いない。

 研究のきっかけは視覚障害者の悲鳴だった。

「ガラケー(普通の携帯電話)のころは肩が当たる程度でしたが、スマホになって正面から体ごとぶつかってくる人が増えたというのです。
障害者にしたら、そこにないはずの電柱にぶつかるような感じ。
いきなりドーンですから怖い」。

そんな声が増えたことに筑波大学医学医療系教授(バリアフリー論)の徳田克己さん(55)は危機感を強め、今年5月、首都圏や大阪の学生650人を対象に歩きスマホの実態を調べた。

 結果は驚くものだった。

歩きながらスマホや携帯電話を使っている人とぶつかったり、ぶつかりそうになったりした人は6割を超え、足を踏まれた▽爪が割れた▽打撲傷や擦り傷を負ったといったけがも少なくなかった。

そんな危ない思いをしていながら、スマホ保有者の9割以上が歩きながら操作すると回答。

「ぶつかるのは、相手がよけないから」と自分勝手な言い訳をしているのだ。

「歩きスマホはよそ見に他なりません。にもかかわらず、よそ見が悪いという意識がほとんどない」と徳田さんは指摘する。

 危険運転を繰り返す自転車利用者を市長が警察に検挙要請できるとした厳しい「自転車条例」を施行した大阪府摂津市。

8月からはゴミ収集車から歩きスマホの危険性を訴える放送を流している。

「条例で禁止をとの話も出たが、人に迷惑をかけていることをまず認識してもらう」(秘書課広報)という。

いつの日か、法的な取り締まりが必要になるかもしれない。

 「使用者も増えており、今後は歩きスマホによる事故が多発すると考えられます」と小塚さん。

人と軽くぶつかる程度ならいいが、冒頭の男性の場合は……。

 現場を訪れた時、踏切では歩きスマホの人が行き交う日常が時を刻んでいた。



危険だとわかっていながら、ついついやってしまうのでは、麻薬の常習犯と変わりません。

一時の自己満足や快楽のために、大切なものまで犠牲にしてしまう。

ここまでくると、自分の意志だけで矯正するのは難しいのかもしれません。

となると、条例での罰則という規制ですが、どうせやるなら早いほうがいいと思います。

多くの自治体は、条例でがんじがらめになる生活を住民に強いることを後ろめたく考えている節があります。

しかし、歩きタバコや今回の歩きスマホなどは、禁止して当たり前のことです。

そもそも禁止しなければ、悪いことだとわからない状況のほうが怖い気がします。

日本人の公共心の劣化は急速に進んでいます。

ということで、私は賛成です。

文科省有識者懇 
「道徳」27年度にも教科格上げ
産経新聞 11月12日(火)

 文部科学省の有識者会議「道徳教育の充実に関する懇談会」は11日、現在は正式教科ではない小中学校の「道徳の時間」を数値評価を行わない「特別な教科」に格上げし、検定教科書の使用を求める報告書案を公表した。

年内にも最終報告を取りまとめる。

文科省は中央教育審議会の議論を経て早ければ平成27年度にも教科化する方針。

 報告書案では、道徳教育の現状として「他教科に比べて軽んじられ、実際には他の教科に振り替えられている」などの課題を指摘。

抜本的な改善と充実を図るには教科化が適当とした。

ただし、5段階などの数値評価はせず、記述式で児童生徒の取り組み状況を評価するよう求めた。

 教材については、「憲法、法律、学習指導要領の趣旨に沿っているかなどの大きな基準」で、緩やかな検定を行うべきだとした。

また、教科書が作成されるまでの間は、来年度から全面改訂される「心のノート」を中心に学校独自の教材を活用することが盛り込まれた。


本来であれば子供の常識や道徳心は家庭でしつけるのが当たり前、というような意見もありますが、既に親の世代が問題なのに対応できるわけがありません。

できれば、親子で受けて欲しい授業です。

内容は、里見八犬伝で出てくる「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」をメインに教えればいいでしょう。

ちなみに最近使わない「悌(てい)」とは、兄や目上の人に、穏やかに従う気持ちのことです。

学ぶ順番は、逆から2つづつ。

小学1年では「孝、悌」で家族の絆を、2年で「忠、信」で社会との関わりを、3年で「礼、智」で公共心とやさしさを、4年生で「仁、義」で約束の大切さを教えていきます。

授業では生徒に一方的に教えて終わりではなく、先生が教材の解説をした後に、具体的な例をあげて子供たちで議論させます。

子供たちは、いろいろな立場でいろいろな意見があることを学び、自分の身近な体験談として深く学ぶことが出来ます。

道徳心とは「こうあるべきだ」ではなく「こうあってほしい」という自分の内なる声の発露であるべきです。


では、音楽の時間です。
この曲は米国の良心です。
サイモン&ガーファンクル  アメリカの歌