まずは、この記事から。

みずほ銀に業務改善命令=暴力団関係者らと取引
―「提携ローン」230件、2億円超
時事通信 9月27日(金)

 金融庁は27日、暴力団関係者など反社会的勢力との取引があると知りながら2年以上も抜本的な対策を取っていなかったとして、みずほ銀行に業務改善命令を出した。

同庁によるとみずほ銀では、信販会社の保証を条件に融資する「自動車提携ローン」をめぐって反社会的勢力との取引の存在を把握したものの、取引解消や新たな取引を防ぐ措置を講じていなかった。

取引件数は約230件、総額は2億円超に上るという。

 また、取引に関する情報が担当役員レベルにとどまっていた。

 同庁は、みずほ銀に対し、内部管理体制や法令順守体制に重大な問題があると指摘。

経営責任の明確化や再発防止の取り組みなどを求め、10月28日までに業務改善計画を提出するよう求めた。

 みずほ銀は
「深く反省し、心からおわび申し上げる。
内部管理体制の一層の強化・充実に取り組んでいく」
とのコメントを発表した。
 

じぇじぇじぇ。

金融庁の処分(業務改善計画書の提出)、あまあまです。(あまちゃんから連想されたギャクです)

しかし率先して反社会勢力との癒着を断ち切るべき大手銀行が、まだこんなことをしていたとは驚きです。

昔は、株主総会がらみでいろいろな関係があったようですが、2008年の暴対法の施行以降はなくなっていたはずです。

ということは、2年前から担当役員は個人的な弱みに付け込まれた、という感じなのでしょうか。

まず、暴力団との関係を清算できなかった担当役員はもちろん首、こうした問題がトップまで行かないというコンプライアンス(管理体制)の問題で取締役以下一律30%の減給が妥当な線でしょうか。

半沢直樹も100倍返しだと怒ってますよ、きっと。

では、本題です。

「歩く、歩く、歩く」

四国のお遍路さんを扱ったNHKの良質なドラマのタイトルです。

機会があれば皆さんも見てください。

以下は簡単なあらすじです。

舞台は愛媛県。

主人公は、東京でフリーライターをしていた葉山美砂(田中麗奈)。

仕事に恋愛に、万事うまくいかなかった生活から抜け出そうと、四国に遍路の旅に出る。

歩き始めて4週間、自分探しの手応えを得られないまま、一軒の善根宿にたどり着く。

善根宿とは、お遍路さんたちに一夜の宿と食事を無償で提供してくれる場所。

そこで出会う、女主人 木村靖子(いしだあゆみ)と、二人の男性、後藤(井上順)と中村(永山絢斗)。

心の傷を癒やすため遍路の旅を続けているという二人だが、彼らの身の上話には"うそ"が見え隠れ―。

そんなうそが気になりつつ、自身も「海外に赴任中の夫がいる」と虚勢を張ってしまう美砂。

一方、靖子は
「うそをつかん人間なんかおらんよ。
みんなそれぞれなにかがあってお遍路してるんやから」
と、虚実入り交じった身の上話に笑って相づちを打つ。

しかし、その靖子にも決して他人には語らない過去があった。

ふとしたきっかけでそれを知った美砂は・・・。



赤の他人を無料で宿泊させるという海外ではありえない善意の風習(善根宿)。

ドラマでは「情けは人のためならず」ではなく、「善意は人のためならず」という視点も織り込まれていて深いです。

では、制作者サイドのコメントです。


作者のことば

「泣くこと 笑うこと 歩くこと それが生きるということ」

人生は、デコボコ道です。

平坦じゃないからこそわかる素敵な出会い、満たされている時であれば気づきにくい小さな幸せ、結果的には不幸中の幸いだった短い時間を、「四国巡礼の旅・お遍路」の中から切り取って描きたいという思いで脚本を書きました。

ひとりになることでしか、見い出すことが出来ない何かがあります。
他人と関わることでしか見い出せない何かがあります。

その「何か」とは、なんなのか。
それはきっと、転んでも立ち止まっても、また、デコボコ道を歩いてゆくことで、きっとみつけられるのだと思います。
「歩く、歩く、歩く」を通して、一期一会の触れ合いを感じて頂ければ幸いです。

(脚本家:渡辺千穂)
プロフィール連続ドラマ「天体観測」(2002年)で脚本家デビュー。
主なテレビ作品に「名前をなくした女神」「最高の人生の終り方」「泣かないと決めた日」「赤い糸」、映画は「さよならみどりちゃん」など。
NHKでの脚本執筆は、今回が初めて。


演出にあたって 

善根宿を取材していて一番心に残る映像は、宿を発ち遠く離れていくお遍路さんの背中です。
重い足を引きずりながら宿にたどり着いたお遍路さんが、朝になると力強く歩いて行きます。
寝て、食べて、話を聞いてもらう。
シンプルですが、それが人間の生きるエネルギーになるのです。
一歩前に歩く力さえ残っていれば、人は死なずにいられるのかも、人の幸せはこれだけで成り立つのかも、、、と考えさせられます。

ドラマのテーマは『一期一会』です。
四国ほど一期一会の出会いが日常にある場所はないかもしれません。
お遍路さんはふるさとを離れ、家族や仲間とも離れ、孤独を選んで歩いています。
そんなお遍路さんに遍路体験の一番の感動はと聞くと、「地元の人との触れあい」と誰もがおっしゃいます。
四国では『お接待』と言って、遍路さんに道を教えたり、ジュースをわたしたり、あめ玉を一つあげたりします。
たったそれだけの短い時間であっても、人に寄り添い、他人の力になれるということを四国の人たちは千年以上も知っているかのようです。

愛媛の美しい風景の中で、四国の遍路文化を全国に伝えたいとドラマの企画をたてました。
人は孤独だけれど誰かがどこかで背中を押してくれている、そんな人間の優しさと強さを感じていただけたらと願っています。
久米麻子(NHK松山放送局)


お遍路文化は四国が世界に誇るべき美しい風習です。

善意と奉仕と無垢な心。

赤の他人を少しでも疑えば、自分の宿に泊まらせるなんてことはできません。

現代まで残る性善説の希少な実例です。(1000年を越える歴史を有する巡礼を基礎とした特異な文化であり、世界遺産への登録をめざす動きがあり、特に香川県が意欲的であるものの4県の中でも温度差があったが、2006年11月、文化庁に対して「四国八十八箇所霊場と遍路道」の「暫定リスト」への登載を求め、要望書を提出しています)

まさに、「お・も・て・な・し」スピリットの元祖ですね。

「一期一会だから他人に優しくできる」(=他人からよく思われたい)、「一期一会だからこそ自分を偽れる」(=他人には理想の自分を見てほしい)、どちらもドラマの中のセリフですが、現代人が自分を守るために世間と折り合いを付ける必要な知恵なのかもしれません。

ドラマを見終わってからも、しばし考えさせられました。


では、お遍路さんについて詳しくみてみましょう。(ウイッキペディア)

四国八十八箇所(しこくはちじゅうはっかしょ)は、四国にある88か所の空海(弘法大師)ゆかりの札所の総称。
単に八十八箇所、あるいは四国霊場という場合も多い。
四国八十八箇所を巡拝することを四国遍路、四国巡拝などともいう。

阿波国の霊場は「発心の道場」、土佐国の霊場は「修行の道場」、伊予国の霊場は「菩提の道場」、讃岐国の霊場は「涅槃の道場」と呼ばれる。

他の巡礼地と異なり、四国八十八箇所を巡ることを特に遍路と言い、地元の人々は巡礼者をお遍路さんと呼ぶ。
八十八箇所を通し打ち(後述)で巡礼した場合の全長は1100- 1400km程である。
距離に幅があるのは遍路道は一種類のみではなく、選択する道で距離が変わるためである。
自動車を利用すると、打戻りと呼ばれる来た道をそのまま戻るルートや遠回りのルートが多いので、徒歩より距離が増える傾向にある。
一般的に、徒歩の場合は40日程度、観光バスや自動車を利用する場合は10日程度を要する。

遍路は順番どおり打たなければならないわけではなく、各人の居住地や都合により、移動手段や日程行程などさまざまである。
1度の旅で八十八箇所のすべてを廻ることを「通し打ち」、何回かに分けて巡ることを「区切り打ち」といい、区切り打ちのうち阿波、土佐、伊予、讃岐の4つに分けて巡礼することを特に「一国参り」という。
また、順番どおり廻るのを「順打ち」、逆に廻るのを「逆打ち」(さかうち)という。
近年は順序を無視して打つことを「乱れ打ち」という人もあるらしいが、伝統的な慣用句ではない。
なお、逆打ちは順打ちよりも御利益があるとされるが、これは一般的に順打ちを前提とした道案内などがなされていることから難易度が高くなることや、今もなお順打ちで巡拝しているとされるお大師さん(弘法大師)とすれ違う確率が高くなることなどが理由とされる。
なお、閏年に逆打ちを行うと倍の御利益があるとする考えがあることから、平年に較べ多くなるという印象をもつ人もいる。

遍路(巡礼者)は札所に到着すると、本堂と大師堂に参り、およそ決められた手順(宗派によって多少異なる)に従い般若心経などの読経を行い、その証として納札(おさめふだ、後述)を納める。
境内にある納経所(のうきょうじょ)では、持参した納経帳(のうきょうちょう)または掛軸か白衣に、札番印、宝印、寺号印の計3種の朱印と、寺の名前や本尊の名前、本尊を表す梵字の種字などを墨書してもらう。
この一連の所作を納経とも言う。
朱印目当てに急ぎ巡る遍路は、判取り遍路(はんとりへんろ)またはスタンプラリーと揶揄されることもある。

八十八箇所すべてを廻りきると「結願」(けちがん、結願成就)となる。
その後、高野山(奥の院)に詣でて「満願成就」とする考え方もあるが、これは特に定められたものではない。

昭和30年代頃までは「辺土」と呼ばれ、交通事情も悪く、決して今日のような手軽なものではなかった。
今日でこそその心理的抵抗は希薄になっているが、どこで倒れてもお大師のもとへ行けるようにと死装束であり、その捉え方も明るいイメージではなかった。
しかしながら、次第に観光化の道を歩み始める。

現代においては、従来の信仰に基づくものや、現世・来世利益を期待する巡礼者も引き続き大勢いるが、1990年代後半からは信仰的な発心よりも、いわゆる自分探し、癒しとしての巡礼者が増えたといわれている。
一時期減ったといわれるすべての札所を徒歩で巡礼する歩き遍路も同じころから増えた。
徳島大学、今治明徳短期大学など、四国の大学・短期大学の中には歩き遍路を自分を見つめなおす機会ととらえ、教育課程に組み込んでいる学校もある。

遍路をするにあたり予約や届け出などをする必要がなく、いつどの札所から初めても終わっても自由で統計が取れないため人数は定かではないが、巡礼者数は年間10〜30万人(うち歩き遍路が2500〜5000人)ともいわれている。

伝統的には、四国遍路は「歩き」(歩き遍路と呼ばれる)で、1日30km歩いても約40日を要する。
一時期は峠道や山道などの旧来の遍路道も廃れ、幹線道路になった遍路道は車の排気ガスが充満するなど歩き遍路にとってはつらい状況になったが、排気ガス規制や、寺院や地元の人たち、へんろみち保存協力会などによって、遍路道の整備や復興、道しるべの設置などが行なわれ一時期よりは歩きやすくなった。
国道55号などの遍路道と幹線道路とが一体化している道や旧来の遍路道では、遍路装束の歩き遍路を目にすることができる。
遍路の中には先を急ぐあまり夜間も歩こうとする者がいるが、街灯のない遍路道も多く、遍路道しるべを見逃して平成の現代においても遭難事故が発生している。
歩き遍路は朝早くに出て、夕方までには宿に着くのが基本である。
歩き遍路向けに歩き遍路のルートを解説した書籍も何点か販売されている。
また、全行程ではないが、いくつかの区間においてハイキングも兼ねたウォークガイド本も出ている。


では、札所の案内です。

阿波(発心の道場)徳島県にある1 - 23番までの寺院一覧。

1 竺和山 じくわざん 霊山寺 りょうぜんじ 高野山真言宗 釈迦如来 鳴門市
2 日照山 にっしょうざん 極楽寺 ごくらくじ 高野山真言宗 阿弥陀如来 鳴門市
3 亀光山 きこうざん 金泉寺 こんせんじ 高野山真言宗 釈迦如来 板野郡板野町
4 黒巖山 こくがんざん 大日寺 だいにちじ 東寺真言宗 大日如来 板野郡板野町
5 無尽山 むじんざん 地蔵寺 じぞうじ 真言宗御室派 勝軍地蔵菩薩 板野郡板野町
6 温泉山 おんせんざん 安楽寺 あんらくじ 高野山真言宗 薬師如来 板野郡上板町
7 光明山 こうみょうざん 十楽寺 じゅうらくじ 高野山真言宗 阿弥陀如来 阿波市
8 普明山 ふみょうざん 熊谷寺 くまだにじ 高野山真言宗 千手観世音菩薩 阿波市
9 正覚山 しょうかくざん 法輪寺 ほうりんじ 高野山真言宗 涅槃釈迦如来 阿波市
10 得度山 とくどざん 切幡寺 きりはたじ 高野山真言宗 千手観世音菩薩 阿波市
11 金剛山 こんごうざん 藤井寺 ふじいでら 臨済宗妙心寺派 薬師如来 吉野川市
12 摩盧山 まろざん 焼山寺 しょうさんじ 高野山真言宗 虚空蔵菩薩 名西郡神山町
13 大栗山 おおぐりざん 大日寺 だいにちじ 真言宗大覚寺派 十一面観世音菩薩 徳島市
14 盛寿山 せいじゅざん 常楽寺 じょうらくじ 高野山真言宗 弥勒菩薩 徳島市
15 薬王山 やくおうざん 国分寺 こくぶんじ 曹洞宗 薬師如来 徳島市
16 光耀山 こうようざん 観音寺 かんのんじ 高野山真言宗 千手観世音菩薩 徳島市
17 瑠璃山 るりざん 井戸寺 いどじ 真言宗善通寺派 七仏薬師如来 徳島市
18 母養山 ぼようざん 恩山寺 おんざんじ 高野山真言宗 薬師如来 小松島市
19 橋池山 きょうちざん 立江寺 たつえじ 高野山真言宗 延命地蔵菩薩 小松島市
20 霊鷲山 りょうじゅぜん 鶴林寺 かくりんじ 高野山真言宗 地蔵菩薩 勝浦郡勝浦町
21 舎心山 しゃしんざん 太龍寺 たいりゅうじ 高野山真言宗 虚空蔵菩薩 阿南市
22 白水山 はくすいざん 平等寺 びょうどうじ 高野山真言宗 薬師如来 阿南市
23 医王山 いおうざん 薬王寺 やくおうじ 高野山真言宗 薬師如来 海部郡美波町

土佐(修行の道場)高知県にある24 - 39番までの寺院一覧。

24 室戸山 むろとざん 最御崎寺(東寺) ほつみさきじ 真言宗豊山派 虚空蔵菩薩 室戸市
25 宝珠山 ほうしゅざん 津照寺(津寺) しんしょうじ 真言宗豊山派 延命地蔵菩薩 室戸市
26 龍頭山 りゅうずざん 金剛頂寺(西寺) こんごうちょうじ 真言宗豊山派 薬師如来 室戸市
27 竹林山 ちくりんざん 神峯寺 こうのみねじ 真言宗豊山派 十一面観世音菩薩 安芸郡安田町
28 法界山 ほうかいさん 大日寺 だいにちじ 真言宗智山派 大日如来 香南市
29 摩尼山 まにざん 国分寺 こくぶんじ 真言宗智山派 千手観世音菩薩 南国市
30 百々山 どどざん 善楽寺 ぜんらくじ 真言宗豊山派 阿弥陀如来 高知市
31 五台山 ごだいさん 竹林寺 ちくりんじ 真言宗智山派 文珠菩薩 高知市
32 八葉山 はちようざん 禅師峰寺 ぜんじぶじ 真言宗豊山派 十一面観世音菩薩 南国市
33 高福山 こうふくざん 雪蹊寺 せっけいじ 臨済宗妙心寺派 薬師如来 高知市
34 本尾山 もとおざん 種間寺 たねまじ 真言宗豊山派 薬師如来 高知市
35 醫王山 いおうざん 清瀧寺 きよたきじ 真言宗豊山派 薬師如来 土佐市
36 独鈷山 とっこうざん 青龍寺 しょうりゅうじ 真言宗豊山派 波切不動明王 土佐市
37 藤井山 ふじいざん 岩本寺 いわもとじ 真言宗智山派 阿弥陀如来
観世音菩薩
不動明王
薬師如来
地蔵菩薩 高岡郡四万十町
38 蹉跎山 さだざん 金剛福寺 こんごうふくじ 真言宗豊山派 三面千手観世音菩薩 土佐清水市
39 赤亀山 しゃっきざん 延光寺 えんこうじ 真言宗智山派 薬師如来 宿毛市

伊予(菩提の道場)愛媛県にある40 - 65番までの寺院一覧。

40 平城山 へいじょうざん 観自在寺 かんじざいじ 真言宗大覚寺派 薬師如来 南宇和郡愛南町
41 稲荷山 いなりざん 龍光寺 りゅうこうじ 真言宗御室派 十一面観世音菩薩 宇和島市
42 一{王果}山 いっかざん 佛木寺 ぶつもくじ 真言宗御室派 大日如来 宇和島市
43 源光山 げんこうざん 明石寺 めいせきじ 天台寺門宗 千手観世音菩薩 西予市
44 菅生山 すごうざん 大寶寺 だいほうじ 真言宗豊山派 十一面観世音菩薩 上浮穴郡久万高原町
45 海岸山 かいがんざん 岩屋寺 いわやじ 真言宗豊山派 不動明王 上浮穴郡久万高原町
46 医王山 いおうざん 浄瑠璃寺 じょうるりじ 真言宗豊山派 薬師如来 松山市
47 熊野山 くまのざん 八坂寺 やさかじ 真言宗醍醐派 阿弥陀如来 松山市
48 清滝山 せいりゅうざん 西林寺 さいりんじ 真言宗豊山派 十一面観世音菩薩 松山市
49 西林山 さいりんざん 浄土寺 じょうどじ 真言宗豊山派 釈迦如来 松山市
50 東山 ひがしやま 繁多寺 はんたじ 真言宗豊山派 薬師如来 松山市
51 熊野山 くまのざん 石手寺 いしてじ 真言宗豊山派 薬師如来 松山市
52 瀧雲山 りゅううんざん 太山寺 たいさんじ 真言宗智山派 十一面観世音菩薩 松山市
53 須賀山 すがざん 圓明寺 えんみょうじ 真言宗智山派 阿弥陀如来 松山市
54 近見山 ちかみざん 延命寺 えんめいじ 真言宗豊山派 不動明王 今治市
55 別宮山 べっくさん 南光坊 なんこうぼう 真言宗醍醐派 大通智勝如来 今治市
56 金輪山 きんりんざん 泰山寺 たいさんじ 真言宗醍醐派 地蔵菩薩 今治市
57 府頭山 ふとうざん 栄福寺 えいふくじ 高野山真言宗 阿弥陀如来 今治市
58 作礼山 されいざん 仙遊寺 せんゆうじ 高野山真言宗 千手観世音菩薩 今治市
59 金光山 こんこうざん 国分寺 こくぶんじ 真言律宗 薬師如来 今治市
60 石鈇山 いしづちざん 横峰寺 よこみねじ 真言宗御室派 大日如来 西条市
61 栴檀山 せんだんざん 香園寺 こうおんじ 真言宗御室派 大日如来 西条市
62 天養山 てんようざん 宝寿寺 ほうじゅじ 高野山真言宗 十一面観世音菩薩 西条市
63 密教山 みっきょうざん 吉祥寺 きちじょうじ 真言宗東寺派 毘沙門天 西条市
64 石鈇山 いしづちざん 前神寺 まえがみじ 真言宗石鈇派 阿弥陀如来 西条市
65 由霊山 ゆれいざん 三角寺 さんかくじ 高野山真言宗 十一面観世音菩薩 四国中央市

讃岐(涅槃の道場)香川県にある66 - 88番までの寺院一覧。
ただし、66番は香川県・徳島県境の徳島県側にある。

66 巨鼇山 きょごうざん 雲辺寺 うんぺんじ 真言宗御室派 千手観世音菩薩 三好市
67 小松尾山 こまつおざん 大興寺(小松尾寺) だいこうじ 真言宗善通寺派 薬師如来 三豊市
68 琴弾山 ことひきざん 神恵院(琴弾八幡) じんねいん 真言宗大覚寺派 阿弥陀如来 観音寺市
69 七宝山 しっぽうざん 観音寺 かんおんじ 真言宗大覚寺派 聖観世音菩薩 観音寺市
70 七宝山 しっぽうざん 本山寺 もとやまじ 高野山真言宗 馬頭観世音菩薩 三豊市
71 剣五山 けんござん 弥谷寺 いやだにじ 真言宗善通寺派 千手観世音菩薩 三豊市
72 我拝師山 がはいしざん 曼荼羅寺 まんだらじ 真言宗善通寺派 大日如来 善通寺市
73 我拝師山 がはいしざん 出釈迦寺 しゅっしゃかじ 真言宗御室派 釈迦如来 善通寺市
74 医王山 いおうざん 甲山寺 こうやまじ 真言宗善通寺派 薬師如来 善通寺市
75 五岳山 ごがくざん 善通寺 ぜんつうじ 真言宗善通寺派 薬師如来 善通寺市
76 鶏足山 けいそくざん 金倉寺 こんぞうじ 天台寺門宗 薬師如来 善通寺市
77 桑多山 そうたざん 道隆寺 どうりゅうじ 真言宗醍醐派 薬師如来 仲多度郡多度津町
78 仏光山 ぶっこうざん 郷照寺 ごうしょうじ 時宗 阿弥陀如来 綾歌郡宇多津町
79 金華山 きんかざん 天皇寺(高照院) てんのうじ 真言宗御室派 十一面観世音菩薩 坂出市
80 白牛山 はくぎゅうざん 國分寺 こくぶんじ 真言宗御室派 十一面千手観世音菩薩 高松市
81 綾松山 りょうしょうざん 白峯寺 しろみねじ 真言宗御室派 千手観世音菩薩 坂出市
82 青峰山 あおみねざん 根香寺 ねごろじ 天台宗単立 千手観世音菩薩 高松市
83 神毫山 しんごうざん 一宮寺 いちのみやじ 真言宗御室派 聖観世音菩薩 高松市
84 南面山 なんめんざん 屋島寺 やしまじ 真言宗御室派 十一面千手観世音菩薩 高松市
85 五剣山 ごけんざん 八栗寺 やくりじ 真言宗大覚寺派 聖観世音菩薩 高松市
86 補陀洛山 ふだらくざん 志度寺 しどじ 真言宗善通寺派 十一面観世音菩薩 さぬき市
87 補陀洛山 ふだらくざん 長尾寺 ながおじ 天台宗 聖観世音菩薩 さぬき市
88 医王山 いおうざん 大窪寺 おおくぼじ 真言宗単立 薬師如来 さぬき市


四国遍路にちなむ文化

同行二人
仮に一人で四国八十八箇所をめぐっても、同行二人(どうぎょうににん)と言って常にお大師さん(弘法大師)と一緒にいる想いで巡礼している。
「同行二人」は参拝の道具にも記されている。
同行二人の巡礼者ともう一人は弘法大師以外でも、亡くなった家族や先祖、帰依する如来や菩薩などのことを想ってもよいとする教えもある。

白衣(びゃくえ)
笈摺(おいずる)とも呼ばれる。
巡礼者が着用する白い着衣。
四国八十八箇所の寺院や門前の店で購入すると、弘法大師を表す梵字と「南無大師遍照金剛」と背中に書かれたものが一般的である。
袖があるものを白衣、袖無しのものを笈摺とする説明もあるが、はっきりと区別されているわけではない。
宝印を受領するためだけの実際には着衣しない白衣は判衣とも呼ばれる。
巡礼の途中でいつ行き倒れてもいいように死装束としてとらえる説もあれば、巡礼といえども修行中なので清浄な着衣として白を身につける、どんな身分でも仏の前では平等なのでみな白衣を着るとする説もある。

金剛杖(こんごうづえ)
木製の杖で空海が修行中に持っていた杖に由来する。
巡礼者が持つ金剛杖は弘法大師の化身ともいわれるほどで、宿に着いたら杖の足先を清水で真っ先に洗い、部屋では上座や床の間に置くなどの扱いをするのがならわしである。
巡礼中、行き倒れた巡礼者の卒塔婆として使用されたといわれる。
市販されているものは「同行二人」「南無大師遍照金剛」や頭部に『地』『水』『火』『風』『空』の五輪を表す梵字が書かれ、頭部の五輪は直接手で触れない様に金襴を巻いて持つ、般若心経が書かれているものもあり、橋の上ではついてはならない(後述)。

遍路で使用する笠菅笠(すげがさ)
日光や風雨から頭部を守る。
笠には「迷故三界城」「悟故十方空」「本来無東西」「何処有南北」と「同行二人」と梵字が書かれている。
梵字が前になるようにかぶるのが一般的。
遍路笠を身につけた巡礼者は、境内で笠を脱がないでお参りすることが許される。
読みは『迷うが故に三界は城、悟が故に十方は空、本来は東西は無く、何処に南北有らん。』。

逆打ち
四国を時計回りに札所の数字を昇順に巡礼するのを順打ちといい、反時計回りに降順に巡礼するのを逆打ちという。また、四国八十八ヶ所霊場会によると、お遍路は何番札所からを始めてもよいといわれ、88か所の寺院を巡礼することで結願したとされる。
映画『死国』では禁忌などのようにとらえられているが、順打ちよりも困難な場合が多く、ご利益が順打ちよりも大きく、順打ち3回分のご利益があると言われている。
また、逆打ちだと順廻りしているお大師さんと遭遇する確率が高いので、この理由でご利益があるとも言われている。

お接待
道中、お遍路さんに対して地元の人々から食べ物や飲み物、手ぬぐいや善根宿、ときには現金を渡す無償の提供がなされる伝統。
これに対し、遍路は持っている納札(おさめふだ)を「お接待」してくれた人に渡すことになっている。
こうした文化のおかげで、昔は比較的貧しい人であってもお参りができたといわれる。
今日でも四国西南部ではお接待の場ともなった「茶堂」が残っている。
「お接待」の心は、接待することによって功徳を積む、巡礼者もまた弘法大師のある種の化身であるという言い伝えからや、一種の代参のようなものなど様々である。
観光振興や観光従事者の研修等では「もてなしの心」と拡大解釈されることがある。
もともと、関西で西国三十三所観音霊場の修行者、巡礼者に対して始まったとされるが、 観光化、俗化したために関西では早くに廃れたといわれている。
四国以外の地域でも、接待講と呼ばれる講を組み、浄財を集め、四国で遍路にたいして接待をするということも行われた。
また、どこに行けばお接待が受けられるなどの情報が流れると遍路が集まり、善意の気持ちで行われるお接待が義務化され負担になってしまうことから、へんろみち保存協力会では善根宿などのお接待の情報は掲載せずに「縁をたずね歩いてほしい」と伝えている。

納札
札所などにお参りし、納経した証に収める札。
般若心経を写経したものを納める(経を納める)のが正式とされているが、読経したのちに自分の名前を書いた納札を納めてもよい。
衛門三郎が自分が空海を探しているということを空海に知らせるために(空海が立ち寄ると思われる)寺にお札を打ちつけたのが始まりとされる。
かつては木製や金属製の納札を山門や本堂の柱などに釘で打ちつけていた。
このことから、遍路自体や、札所に参拝したことを「打つ」とも言う。
現在では、お寺の建築物の損傷を避け、持ち運びの利便性を考え、紙製の納札を納札箱に入れることになっている。また、接待をしてもらったら、その人にお礼の気持ちも込めて納札を渡すのが決まりである。
結願した回数によってお札の色を変えてもよい。1 - 4回が白、5 - 7回が緑、8 - 24回が赤、25回以上で銀、50回以上で金、そして100回以上で錦の札となる。
ただし、白より錦の札がよりよいとされるわけではない。
100回以上回っても白の納札を使う人もいる。

善根宿
善人宿とも呼ばれる。
広義では自宅の前を通った遍路に「一晩泊っていきなさい」と一夜の宿を提供するのも善根宿といわれる。
一般的には「お接待」の心で善意で用意された簡易宿泊施設である。
施設を提供するのは個人や企業、地域ぐるみなど様々である。

通夜堂
本来は寺院内で夜を徹して読経や真言を唱える修行をするための施設(お堂)だが、四国八十八箇所においては霊場が巡礼者にたいして用意した簡易宿泊施設という意味合いが強い。
宿坊とは違い寝るだけの最低限の設備しかない(布団も基本的にはない)。
かつては通夜堂を持つ霊場が多かったが、旅館などの宿泊施設が増えたことや、利用者のマナーなどの問題により減少し、現在では通夜堂を持つ霊場(小屋やガレージなどを一時的に利用してもよいとする霊場を含む)は2割程度である。

十夜ヶ橋(とよがはし)
現在の愛媛県大洲市付近で空海が一宿を求めたがどの家からも断られ、仕方なく橋の下で寝ることとなった。
寒さと旅人が杖で橋を突く音でまったく眠れず、一夜が十夜にも感じられた、という和歌が残っている。
このため巡礼者は橋の下には空海がいるかもしれないから橋をわたるときは杖を突いてはならないというならわしがある。
すぐそば、国道に面して永徳寺(番外霊場)があり、お参りする人も多い。
現在、その橋は「十夜ヶ橋」と呼ばれ国道56号の一部となり、交通量の多いコンクリート橋になっているが、橋の下で空海を偲びつつ野宿することができる。
雨期には冠水する場合もあり、夏季は蚊が多い。



では、音楽の時間です。
ベストシリーズが続いていますが、決して手抜きじゃあないよ。
The Best Rock Songs of the 70s - part two