2013年後半戦の始まりはこの話題から。
加藤一二三と書いて「かとうひふみ」と読みます。
現在、段位は九段ですので、加藤一二三九段(1,239段!)となります。
将棋タイトルも数多く獲得していますので、本来であれば悠々自適な生活のはずなんですが、クリスチャンなのでおそらく多額の寄付をしているのか、未だに団地住まいで、ネコ好きで野良猫にえさをあげて団地の人たちから訴えられるという愛すべきキャラクターの将棋指し(棋士)です。
将棋愛好家たちは、ヒフミンという愛称でよんでいます。
話題の本の著者に直撃!
加藤一二三
訪れたチャンスをつかむには、精神のあり方が重要なのです
賢者の知恵(取材・文/森 省歩)
かとう・ひふみ/'40年生まれ。
将棋棋士。
'54年に史上初の中学生棋士となり注目を集める。
18歳でA級八段になり、「神武以来の天才」と称される。
'82年に名人位を獲得。
通算勝数は1300を超え、歴代2位。
近年はバラエティ番組でも活躍
―加藤さんは「神武以来の天才」と呼ばれた棋士です。
本書には「天才が天才を語る」とのキャッチコピーがつけられていますが、将棋界における「天才」とはどのような存在なのでしょうか。
そして、なぜ「羽生善治論」なのでしょうか。
私は自分のことを自分で「天才」などと言ったことはないんですが、将棋界の偉人である故・大山康晴15世名人が、自著の中で「加藤一二三は大天才である」と書いてくださったんです。
将棋界には「大天才」と「天才」と「小天才」がいるということらしいんですが、あの大山先生が大天才と認めてくださったのだから、「天才論」を書いてもいいのではないかと、こう思ったんです(笑)。
『羽生善治論─「天才」とは何か』
--------------------------------------------------------------------------------
著者:加藤一二三
ではなぜ「羽生論」なのかというと、羽生さんはタイトル獲得数を見ても、歴代単独1位の通算83期に及ぶなど、まさに「覇者」というべき存在です。
私はこれまでに現役棋士として最多の1300勝超をあげているんですが、羽生さんはあの若さですでに1200勝を超えている。
私の記録が抜かれるのも時間の問題です。
私と羽生さん、天才にも2種類ある
対戦成績で羽生さんと互角に戦っているのは森内俊之名人くらいのものですが、年間の勝利数で見ると、羽生さんが30勝も40勝もしているのに、森内さんは20勝くらいしかしていない。
その意味では唯一無二の存在といっても過言ではない。
ただ、ひと口に天才といっても将棋界における「天才」には、2通りのタイプがある。
今回はそれを書きたかったんですよ。
羽生さんは子供の頃から道場へ通い、将棋の勉強と研究を重ねました。
羽生さんは15歳頃から私と戦っているんですが、そのときも私の将棋をよく研究したうえで、私に新しい手をぶつけてきました。
羽生さんは実にマメで勤勉。
人間的にも素晴らしく、その意味では「秀才型の天才」だと思うんです。
一方、私はそれほど将棋の勉強をしなかったし、対局前の研究もそんなにはしません。
実は以前、羽生さんから「加藤先生はいつ勉強されたんですか」と聞かれたことがあるんです。
私は何も答えませんでした。
ただ、研究はしないのですが、その分対局中の思案時間が長い。
公式戦での積算長考時間は、私は第1位ではないかと思っています。
このあたりが秀才型の天才である羽生さんと私との大きな違いでしょうか。
『アウト×デラックス』出演はチャンス
―本書にはさまざまな「勝負論」「人生論」が語られていますが、加藤さんの場合、30歳のときにキリスト教に帰依されたことが、人生の大きな転機となったようですね。
帰依したのには二つ理由があるんですよ。
一つは「神武以来の天才」などと言われながら、私は当時、連戦連敗で将棋に行き詰まっていました。
もう一つは、20歳代の半ば頃からのことなんですが、人生にも将棋のように最善手があるのではないか、つまり「こう生きれば幸せになれる」という道があるのではないかと模索し続けていたんです。
たどり着いたのが、キリスト教でした。
キリスト教の世界には「信頼と信託」という言葉がありますが、私は洗礼を受けクリスチャンとなったことで、いわば「人事を尽くして天命を待つ」という心境を獲得することができたんです。
私は九段に昇格した33歳以降におよそ800勝しているんですが、もし洗礼を受けていなかったら、その半分も勝てなかったと思っています。
タイトルの懸かる大一番ともなれば、何人も思いつかなかった一手、それゆえに何人をも唸らせる一手を指さなければ、相手を負かすことはできません。
そして、そのような一手は努力や研究だけで発見できるものではありません。
訪れたチャンスをつかむか逃すかは精神のあり方にかかっている、それが勝負の実相だと私は思っています。
―加藤さんは73歳にしてなお、現役棋士を続けておられます。
その加藤さんの今後の目標をお聞かせください。
ここ10年、私は「自分の将棋を芸術の域にまで昇華させることができた」と言い続けてきました。
将棋は「伝統文化」などといわれますが、私が主張しているのは文化ではなく、あくまでも「芸術」です。
棋士たちのこれまでの精進の結果、バッハやモーツァルトやベートーベンの楽曲のように、名局と呼ばれる将棋はまさに芸術的です。
そして、やはりクラシックの楽曲と同じく、私の将棋には祈りが込められているとも自負しています。
おかげさまで最近は『アウト×デラックス』などのバラエティ番組にもよく出演させてもらうようになりました。
これを機に、加藤一二三についてはもちろんですが、多くの人に将棋界の魅力、奥深さを知ってもらえれば、と思っています。
歴代の強豪棋士たちが演じてきた名勝負、人間的な非凡さを湛えたそれぞれの人物像、そして名勝負と非凡さにまつわる数々のエピソード……。
名局や強豪たちの素晴らしさや魅力を言葉で伝える伝道師として、役目を果たしていかねばと考えています。
18歳で将棋界最高峰のA級に登りつめるというまさに早熟の天才です。
ヒフミンの対局姿を是非機会があればみてください。(残念ながら今年度のNHK杯戦では予選敗退でした)
ネクタイを異常に長く締め(ズボンの股あたりまで)、長考が気にならず(持ち時間6時間の将棋で数手指すのに5時間使ったり)、その長考中に急に膝立ちになったり、対戦相手の後ろに立って盤を見つめたり、突然奇声を発したり、昼も夜も同じ食事を注文したり、甘いものが大好きで健啖家であったりと、エピソードにはことかきません。
既にバラエティ番組にも出ているようですので、見たら応援してあげてくださいね。
では、名言のコーナーです。
今日のゲストはショーペンハウアーさんです。
「人間の幸福の二つの敵は、苦痛と退屈である」
ショーペンハウアー
この名言にはただただ頷くばかりです。
アルトゥル・ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer、ショーペンハウエル・ショウペンハウエルとも)1788年2月22日 ダンツィヒ - 1860年9月21日 フランクフルト)は、ドイツの哲学者。
主著は『意志と表象としての世界』(Die Welt als Wille und Vorstellung 1819年)。
仏教精神そのものといえる思想と、インド哲学の精髄を明晰に語り尽くした思想家であり、その哲学は多くの哲学者、芸術家、作家に重要な影響を与え、生の哲学、実存主義の先駆と見ることもできる。
1788年、富裕な商人の父のもとダンツィヒに生まれる。
母(ヨハンナ・ショーペンハウアー)は女流作家で、自己顕示的な性格であった。
父に伴われて幼少時からヨーロッパ各国を旅行する。
17歳のとき、父が死去。
父の遺志に従って商人の見習いを始めたが、学問への情熱を捨てきれず1809年、ゲッティンゲン大学医学部に進学する。
ゴットロープ・エルンスト・シュルツェのもとで哲学を学び、のち哲学部へ転部する。シュルツェよりカントとプラトンを読むようにいわれる。
転部後、ベルリン大学に移り、フィヒテの講義を受ける。
1819年、『意志と表象としての世界』を完成、ベルリン大学講師の地位を得るが、当時ベルリン大学正教授であったヘーゲルの人気に抗することができず、フランクフルトに隠棲。
同地で余生を過ごす。
日本でも森鴎外をはじめ、堀辰雄、萩原朔太郎、筒井康隆など多くの作家に影響を及ぼした。(ウイッキペディア)
では、音楽の時間です。
今日から新しく、大好きなBoyz II Menの登場です。
曲のクオリティ、歌唱力、ソウルフル、どれをとっても完璧です。
Boyz II Men - On Bended Knee
加藤一二三と書いて「かとうひふみ」と読みます。
現在、段位は九段ですので、加藤一二三九段(1,239段!)となります。
将棋タイトルも数多く獲得していますので、本来であれば悠々自適な生活のはずなんですが、クリスチャンなのでおそらく多額の寄付をしているのか、未だに団地住まいで、ネコ好きで野良猫にえさをあげて団地の人たちから訴えられるという愛すべきキャラクターの将棋指し(棋士)です。
将棋愛好家たちは、ヒフミンという愛称でよんでいます。
話題の本の著者に直撃!
加藤一二三
訪れたチャンスをつかむには、精神のあり方が重要なのです
賢者の知恵(取材・文/森 省歩)
かとう・ひふみ/'40年生まれ。
将棋棋士。
'54年に史上初の中学生棋士となり注目を集める。
18歳でA級八段になり、「神武以来の天才」と称される。
'82年に名人位を獲得。
通算勝数は1300を超え、歴代2位。
近年はバラエティ番組でも活躍
―加藤さんは「神武以来の天才」と呼ばれた棋士です。
本書には「天才が天才を語る」とのキャッチコピーがつけられていますが、将棋界における「天才」とはどのような存在なのでしょうか。
そして、なぜ「羽生善治論」なのでしょうか。
私は自分のことを自分で「天才」などと言ったことはないんですが、将棋界の偉人である故・大山康晴15世名人が、自著の中で「加藤一二三は大天才である」と書いてくださったんです。
将棋界には「大天才」と「天才」と「小天才」がいるということらしいんですが、あの大山先生が大天才と認めてくださったのだから、「天才論」を書いてもいいのではないかと、こう思ったんです(笑)。
『羽生善治論─「天才」とは何か』
--------------------------------------------------------------------------------
著者:加藤一二三
ではなぜ「羽生論」なのかというと、羽生さんはタイトル獲得数を見ても、歴代単独1位の通算83期に及ぶなど、まさに「覇者」というべき存在です。
私はこれまでに現役棋士として最多の1300勝超をあげているんですが、羽生さんはあの若さですでに1200勝を超えている。
私の記録が抜かれるのも時間の問題です。
私と羽生さん、天才にも2種類ある
対戦成績で羽生さんと互角に戦っているのは森内俊之名人くらいのものですが、年間の勝利数で見ると、羽生さんが30勝も40勝もしているのに、森内さんは20勝くらいしかしていない。
その意味では唯一無二の存在といっても過言ではない。
ただ、ひと口に天才といっても将棋界における「天才」には、2通りのタイプがある。
今回はそれを書きたかったんですよ。
羽生さんは子供の頃から道場へ通い、将棋の勉強と研究を重ねました。
羽生さんは15歳頃から私と戦っているんですが、そのときも私の将棋をよく研究したうえで、私に新しい手をぶつけてきました。
羽生さんは実にマメで勤勉。
人間的にも素晴らしく、その意味では「秀才型の天才」だと思うんです。
一方、私はそれほど将棋の勉強をしなかったし、対局前の研究もそんなにはしません。
実は以前、羽生さんから「加藤先生はいつ勉強されたんですか」と聞かれたことがあるんです。
私は何も答えませんでした。
ただ、研究はしないのですが、その分対局中の思案時間が長い。
公式戦での積算長考時間は、私は第1位ではないかと思っています。
このあたりが秀才型の天才である羽生さんと私との大きな違いでしょうか。
『アウト×デラックス』出演はチャンス
―本書にはさまざまな「勝負論」「人生論」が語られていますが、加藤さんの場合、30歳のときにキリスト教に帰依されたことが、人生の大きな転機となったようですね。
帰依したのには二つ理由があるんですよ。
一つは「神武以来の天才」などと言われながら、私は当時、連戦連敗で将棋に行き詰まっていました。
もう一つは、20歳代の半ば頃からのことなんですが、人生にも将棋のように最善手があるのではないか、つまり「こう生きれば幸せになれる」という道があるのではないかと模索し続けていたんです。
たどり着いたのが、キリスト教でした。
キリスト教の世界には「信頼と信託」という言葉がありますが、私は洗礼を受けクリスチャンとなったことで、いわば「人事を尽くして天命を待つ」という心境を獲得することができたんです。
私は九段に昇格した33歳以降におよそ800勝しているんですが、もし洗礼を受けていなかったら、その半分も勝てなかったと思っています。
タイトルの懸かる大一番ともなれば、何人も思いつかなかった一手、それゆえに何人をも唸らせる一手を指さなければ、相手を負かすことはできません。
そして、そのような一手は努力や研究だけで発見できるものではありません。
訪れたチャンスをつかむか逃すかは精神のあり方にかかっている、それが勝負の実相だと私は思っています。
―加藤さんは73歳にしてなお、現役棋士を続けておられます。
その加藤さんの今後の目標をお聞かせください。
ここ10年、私は「自分の将棋を芸術の域にまで昇華させることができた」と言い続けてきました。
将棋は「伝統文化」などといわれますが、私が主張しているのは文化ではなく、あくまでも「芸術」です。
棋士たちのこれまでの精進の結果、バッハやモーツァルトやベートーベンの楽曲のように、名局と呼ばれる将棋はまさに芸術的です。
そして、やはりクラシックの楽曲と同じく、私の将棋には祈りが込められているとも自負しています。
おかげさまで最近は『アウト×デラックス』などのバラエティ番組にもよく出演させてもらうようになりました。
これを機に、加藤一二三についてはもちろんですが、多くの人に将棋界の魅力、奥深さを知ってもらえれば、と思っています。
歴代の強豪棋士たちが演じてきた名勝負、人間的な非凡さを湛えたそれぞれの人物像、そして名勝負と非凡さにまつわる数々のエピソード……。
名局や強豪たちの素晴らしさや魅力を言葉で伝える伝道師として、役目を果たしていかねばと考えています。
18歳で将棋界最高峰のA級に登りつめるというまさに早熟の天才です。
ヒフミンの対局姿を是非機会があればみてください。(残念ながら今年度のNHK杯戦では予選敗退でした)
ネクタイを異常に長く締め(ズボンの股あたりまで)、長考が気にならず(持ち時間6時間の将棋で数手指すのに5時間使ったり)、その長考中に急に膝立ちになったり、対戦相手の後ろに立って盤を見つめたり、突然奇声を発したり、昼も夜も同じ食事を注文したり、甘いものが大好きで健啖家であったりと、エピソードにはことかきません。
既にバラエティ番組にも出ているようですので、見たら応援してあげてくださいね。
では、名言のコーナーです。
今日のゲストはショーペンハウアーさんです。
「人間の幸福の二つの敵は、苦痛と退屈である」
ショーペンハウアー
この名言にはただただ頷くばかりです。
アルトゥル・ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer、ショーペンハウエル・ショウペンハウエルとも)1788年2月22日 ダンツィヒ - 1860年9月21日 フランクフルト)は、ドイツの哲学者。
主著は『意志と表象としての世界』(Die Welt als Wille und Vorstellung 1819年)。
仏教精神そのものといえる思想と、インド哲学の精髄を明晰に語り尽くした思想家であり、その哲学は多くの哲学者、芸術家、作家に重要な影響を与え、生の哲学、実存主義の先駆と見ることもできる。
1788年、富裕な商人の父のもとダンツィヒに生まれる。
母(ヨハンナ・ショーペンハウアー)は女流作家で、自己顕示的な性格であった。
父に伴われて幼少時からヨーロッパ各国を旅行する。
17歳のとき、父が死去。
父の遺志に従って商人の見習いを始めたが、学問への情熱を捨てきれず1809年、ゲッティンゲン大学医学部に進学する。
ゴットロープ・エルンスト・シュルツェのもとで哲学を学び、のち哲学部へ転部する。シュルツェよりカントとプラトンを読むようにいわれる。
転部後、ベルリン大学に移り、フィヒテの講義を受ける。
1819年、『意志と表象としての世界』を完成、ベルリン大学講師の地位を得るが、当時ベルリン大学正教授であったヘーゲルの人気に抗することができず、フランクフルトに隠棲。
同地で余生を過ごす。
日本でも森鴎外をはじめ、堀辰雄、萩原朔太郎、筒井康隆など多くの作家に影響を及ぼした。(ウイッキペディア)
では、音楽の時間です。
今日から新しく、大好きなBoyz II Menの登場です。
曲のクオリティ、歌唱力、ソウルフル、どれをとっても完璧です。
Boyz II Men - On Bended Knee