今日は、熊川哲也のK-Ballet CompanyのSummer Triple Billを見に行った。
とりあえず、もう寝なきゃいけないけど、今思ってることだけ、本当、文章になってないけど、書いとく。
まじ、読んでびっくりだから
私は日本のバレエ団の公演を見に行くのはかなり久々だったし、それほど期待してなかった。
ただ、今度、ウィーンのバレエ団からドイツのバレエ団に移籍する、中村祥子さんがゲストプリンシパルとして踊るから、ということで、見に行くことにした。
Triple Billは、Frederick Ashton のPhapsody、George BalanchineのSerenade、Roland Petiteの若者と死の三部作構成になっていた。
どれも20世紀の現代バレエの巨匠達の作品で、前から、イギリス・アメリカ・フランスとなってる。
一作目のアシュトンのラプソディは、男性の見せ場が多い作品で、キャストは輪島さんと長田さん。
現代バレエの特徴として挙げられると思うのは、no plotであることだと思う。
これは、バランシンも言っているけれど、音楽でもって表現されるバレエを演じられていた。だから、音楽が高鳴ると踊りも高鳴るのだ。
つまり、それは、身体表現を重視してるとも言えると思う。
身体表現で魅せるバレエこそ、20世紀のバレエなのだと思う。
アシュトンは、英国ロイヤルの芸術監督だったし、マルグリッととアルマンとか、シンデレラ、真夏の夜の夢と言った作品も残している。
そういった点では、ラプソディーは、身体表現で魅せる、そのバレエこそ、20世紀のバレエなのだと思う。
あ、それから、アシュトンといえば、the two pigons
画家と恋人かな?を二羽の鳩に見立てているこの作品は、切なくて、暖かくて、白鳥でなく、鳩という鳥をどう身体で表現するかというところが本当に興味深くて、ビデオでみても感激できる
それから、二作目のバランシンのセレナーデ。
私は趣味で、アメリカに居たとき、バランシン作品についてレポートを書いていて、その際にセレナーデのビデオも何度も見た。
今日は、中村祥子さんを中心にこれを踊った。
まず、そのレポートで学んだことは、主役というものがここでは設定されていないこと。
これはよく知られているが、セレナーデは元々、バレエ学校の生徒達の為に、作られた作品であること。
その作品には、バレエ学校の日常の様子が映し出されていて、髪の乱れた子、遅刻してくる子、転んでしまうこ子などのシーンが取り入れられている。
だから、ほとんどが群舞による踊りで、水色の月夜に輝くブルーの衣装をまとったダンサー達が、音楽だけを頼りに踊った。
no plot
アシュトンとの違いは、バランシンのセレナーデのパは、とても簡潔なものばかりであること、そして、ネオクラシックと呼ばれるその手法は、従来のバレエの形をモダンまでいかない、本当にささやかに壊していることが伺える。
例えば、手の甲が上を向いていたり。
女性の太ももを押さえて、女性をアラベスクで、回したり。
生でセレナーデを見たのは今回初めてで、本当に感動した!
中村祥子さんの演技力にも本当に感動した。
この作品は、役というものがないので、中村祥子自身を見ることができたと思う。
彼女は、長身のため、群舞の人の中に、彼女が最初に出てきたとき、あまりにも、日本人離れして、卓越、洗練された身体を持っているから、彼女の存在オーラだけで、思わず涙しそうになった。
また、訓練か、または素質の違いなのか、彼女の踊りは本当にやわらかい。
華のある踊りで、
日本人で今最も輝いているダンサーであると思うし、吉田都の次に世界で通用するダンサーだと私は思った。
殴り書きだけど、
三作目の若者と死は、ジャンコクトーの原作。
熊川が若者を踊った。
悶々とした若者が、美女に惑わされて、結局、首吊りをする。
短い作品だったけど、そのエロスの表現は、彼のもつ技術と年齢で、上品に表されていたと思う。
熊哲の10回転は素晴らしかったし、一つ一つのパも丁寧に仕上げられていた。
また、熊哲があれほど、叙情的に、バレエを踊れる人ではっきり言ってびっくりした。
以上、寝る