解離性同一性障害とは、かつて多重人格障害と呼ばれた神経症で、子ども時代に適応能力を遥かに超えた激しい苦痛や体験による心的外傷などによって一人の人間の中に全く別の人格が複数存在するようになることをさします。(e-ヘルスネットより引用)
こんばんは、舞猫です。
高校時代のとある友人が、Twitter上で舞猫がお知らせしたことにつきまして、疑問を投げかけてきまして、




こんな具合に。お知らせした通り、普段の舞猫は実は多重人格の2番目に生まれた存在ですが、その辺の事情は結構複雑なんですよね。
その複雑な事情を知りたい、ってことらしいんですが、どうせなら皆様にも知っておいてほしいというか、公にした以上、これもお知らせした方がいいかと思ってブログにぶん投げることにしました。
1.原因と第一の発症時期
ここが最初の説明の面倒くさいところなんですが、まず、普段皆様がいつも接していたのを『舞猫』と、そうでない方を、便宜上『クロ』と呼ばせて頂きます。(実際に舞猫がそう呼んでいるので)
まず、第一の発症は、小学校2年生になる直前でした。
それまで、学童保育で知り合い、一緒に野球をやったりする仲であった友人から、手酷い裏切りを受けたのが始まりです。
その友人は、別の学童保育で知り合った友人と共に、クロを虐めてきたのです。
当時、その友人とほぼ毎日遊んでいただけあって、すごく仲の良い、親友とすら思っていた相手からの裏切り。
まだ小学2年になろうかという、精神的に未熟な時期に受けたその出来事は、クロの心を打ち砕くには十分過ぎました。
結果、数日の放心状態のあと、脳はイジメに対して強い耐性を持つ人格が必要であると判断したのか、新たな人格、舞猫を生み出しました。
温厚で、精神的には幼稚だけど、争いを好まないクロから一転、短気で好戦的ではあるものの、イジメに屈しない強い精神力を持つ舞猫の誕生。
それが、この身体の解離性同一性障害の始まりです。
2.舞猫としての10年間
舞猫が生まれてからは、周りの環境はなかなかに酷かったと思います。
裏切ってくれやがった友人達からのイジメは留まることはなく、学童保育にいた頃は、指導員の先生から怒られない日が少ないくらいに喧嘩しましたし、成長の遅い身体では、当時ソフトボールを習っていた裏切り者共に劣るので、遊具倉庫から何かを引っ張り出して振り回すくらいには荒れてました。
中学に入ってからはさらにエスカレート。別の小学校出身の人間にもイジメのことが知れたのか、野球部、サッカー部を中心にイジメグループが形成された挙句、女子には何らかの入れ込みがあったらしく、バイ菌扱いをされる日々。普通に会話はしても、助けてくれる友人はおらず、次第に学年のほとんどを敵と看做しました。
小学3年の頃に火災に遭い、全てを失ったことのある舞猫に対し、PC技術の授業時に、舞猫が使っていたフォルダに燃え盛る家の画像が保存されていた時は、流石に殺意が沸きました。
結果、制服を改造し、袖にフルーツナイフを仕込んで登校するようにもなりましたが、受験シーズンが迫ると、イジメをやってる場合じゃなくなったのか、ようやっと平穏が訪れたのです。
中学3年間のうち、わずか5ヶ月しか平穏が無いってどういうことだよ。
その後は高校に進学し、今も関わりのあるFF達とも出会い、まともな学生生活を送れていました。(高2は後述の出来事も含めクソだったけど)
3.第二の発症
高校2年の秋口、突如としてその時は起こりました。
吹奏楽部の一員として活動していた舞猫は、九州マーチング大会のメンバー入りを逃しました。
それまで、マーチングの技術に関しては、部内ランキングの上位に名を連ねていた舞猫が、後輩2人に追い抜かれて落選したのです。
今まで無かった、自分が本気で夢中になれる活動に、本気でぶつかって手にすることが出来なかったメンバー入り。県大会は出場出来たこともあり、その絶望感はとてつもなく、その日の活動終了時に、部室の外で先輩から『大丈夫?』と聞かれた時、何も言葉が出てきませんでした。
悔しいです。そう言おうとしたのに。
声を上げて泣きたい。そう思ったはずなのに。
零れる涙に気づかないまま、自分の中で舞猫という存在に大きなヒビが走ったことだけを感じていました。
その数日後、舞猫に不穏な変化が現れます。
メンバー外の練習前、同じメンバー外となった別パートの同級生から『様子が変だ』と告げられました。
表情が虚ろだ、視線が常に泳いでいるなどだったと思います。
そりゃあ、メンバー落ちしたんだし、メンタルがやられている自覚はありましたが、そこまでだったとは。
舞猫は、とりあえず『大丈夫だから』と言いましたが、大丈夫だったのは、それまででした。
その日の夜、舞猫はとある夢を見ます。真っ黒な人影が、自分と同じ声で話しかけてくるのです。
『そろそろ返してよ』
何のことだ。返すって何をだ。そう言おうとした時、ヒビ割れた自分自身の下から、何かが顔を覗かせていました。
それこそが、この身体の最初の持ち主であったクロであり、舞猫が第二の発症を迎えた瞬間だったのです。
4.発症後のそれから
第二の発症から数日後、再び夢の中で、舞猫は自身が2番目の人格であることをクロから告げられ、身体の返還を要求されます。
そのような自覚無く生きてきた舞猫は、クロの身体の返還要求には応じれませんでした。当たり前です。その時点で、少なくともクロより長く生きていたのです。返すわけにはいかない。
断固として拒否する姿勢を見せる舞猫に、クロは、ならば実力行使するしかないと言って襲いかかってきたのです。
夢の中の出来事なれど、ここで負けてしまうと、次に目を覚ますのは舞猫ではなくクロになる。自分は二度と、目を覚ますことが出来なくなる。直感がそう告げていました。
その戦いは夢の中で行われましたから、色々とやりたい放題です。真っ黒な空間の中から、様々な武器を取り出したり、魔法っぽいのを使ったり。
話したり、こうして文章にすると、厨二臭く感じてむず痒いですが、実際そうして殺り合ってたんですから仕方ありません。それに互いに自己の存亡を賭けてたんですから、使えるモンは使うって感覚だったんでしょうね。
そんな戦いが、ほぼ毎日続きました。引き分けで朝を迎えると、主導権がまだ舞猫にあることを安堵することから一日が始まり、睡眠を摂れば再び戦いが始まる……睡眠は出来ても、眠った気がしない。精神は疲弊していくばかりです。
病院には行きませんでした。そんな選択肢は頭に無かったから。
代わりに、当時、同様の障害を患っていた友人から、精神安定剤を譲り受けて飲んでいました。(元ドラッグストア従業員の舞猫から考えたら、他人に処方された薬を貰って飲むのは究極のバカなんですが)
そして、その戦いについに、決着がつく時が来ました。
高校3年になった舞猫の、九州マーチング大会の出場が決まったのです。
一年前に逃した九州大会への出場により、精神的に大きな余裕が出来たことが決定打になりました。
一年掛けても舞猫を下すことが出来なかったクロは、これ以上の戦っても勝てないと判断したのか、自ら手を引くと言ってきたのです。
それは、舞猫の勝利の瞬間であり、クロの消滅の時でもありました。
しかし、舞猫は、クロにこう提案したのです。
『お前が良いと言うなら、2人で生きていかないか』
互いに互いを認め合い、2人で1人として生きていく。解離性同一性障害者として、共存の道を選ぶ。
互いに生きたいという気持ちがぶつかり合っていたのなら、手を取り合えば良かったのではと、遅ればせながら気づいたのです。
クロは、その提案を、迷いに迷って受けることとし、共存して生きていくことを決めたのでした。
5.共存後の人生
共存を決めたとはいえ、身体の主導権は舞猫にありました。というのも、クロの精神は、小学2年になる直前が最後であり、身体の成長に応じて精神的にも成長はしていましたが、良くも悪くも素直というか、純粋というか、根っこは当時のままで。
簡単に言えば、思ったことがそのまま口に出るタイプでして、しかも過激派。ボソッと『死ねばいいのに』等々、危ない言動をするヤツだったので、無闇に表に出さないようにしてました。
流石にそんなヤベーヤツを表に出せるようになるのはもうちょい先だな、と思って、とりあえず右の目を舞猫、左の目をクロと定め、視界と記憶を常に共有した上で、舞猫が身体を動かす、というやり方で生きてきました。
そして、割と最近になって、クロを表に出せるようになったと判断したのです。
それでもまだ安心は出来ないので、クロには申し訳ないけど、舞猫の精神回復のためのピンチヒッターとして活動してもらってました。利用するみたいでゴメンなホント。
しかし、最近不運に次ぐ不運に見舞われ過ぎて、ついに舞猫が耐えられなくなったため、ピンチヒッターからスタメン昇格したということですね。
長々と書き連ねて参りましたが、これが、舞猫の解離性同一性障害になった経緯と、それから今までの話です。
おそらく、高校での知り合ったFFでさえ、この話はほとんど知らないハズですし、本当に、心の底から信頼出来る人間にしか話して来なかった内容です。
SNSや、デレマス関連等で知り合った方々からすれば、何だコイツめちゃくちゃな過去してんなって思われたと思います。
今回、舞猫が心の底から信頼した人間にしか話さなかった話を、こうしてブログに書き連ねたのは、クロのことを理解してもらった上で、それでも『舞猫』として接して頂くために、事情を話すべきだと思ったからです。
ちなみにTwitterは、基本的にはクロが運用しますが、大事な話や通話、対面での会話は舞猫が出ます。クロのヤツ、舞猫よりコミュ障なんで。
このブログは、舞猫が担当します。いえーい。
あとは、pixivに投げてる虹ヶ咲、及びLiella! の二次創作小説の投稿も、変わらず続けていきます。
あくまで普段の日常生活やTwitter上での活動をクロに担当してもらうだけなので、舞猫の趣味でやってる二次創作やブログは今まで通りです。
これからは、舞猫がサブとして生きていきますが、何度もお願いしますように、どちらも『舞猫』として接して頂きたく思います。
最後に、解離性同一性障害を患い、こんな長ったらしく説明する羽目になった元凶の、裏切り者のクソ野郎共に一言を。
テメェらのおかげ様で、いい人生を送れてるわ。せいぜいその汚い性根を抱えたまま地獄に落ちやがれ。👎
それではまた。
こんばんは、舞猫です。
高校時代のとある友人が、Twitter上で舞猫がお知らせしたことにつきまして、疑問を投げかけてきまして、




こんな具合に。お知らせした通り、普段の舞猫は実は多重人格の2番目に生まれた存在ですが、その辺の事情は結構複雑なんですよね。
その複雑な事情を知りたい、ってことらしいんですが、どうせなら皆様にも知っておいてほしいというか、公にした以上、これもお知らせした方がいいかと思ってブログにぶん投げることにしました。
1.原因と第一の発症時期
ここが最初の説明の面倒くさいところなんですが、まず、普段皆様がいつも接していたのを『舞猫』と、そうでない方を、便宜上『クロ』と呼ばせて頂きます。(実際に舞猫がそう呼んでいるので)
まず、第一の発症は、小学校2年生になる直前でした。
それまで、学童保育で知り合い、一緒に野球をやったりする仲であった友人から、手酷い裏切りを受けたのが始まりです。
その友人は、別の学童保育で知り合った友人と共に、クロを虐めてきたのです。
当時、その友人とほぼ毎日遊んでいただけあって、すごく仲の良い、親友とすら思っていた相手からの裏切り。
まだ小学2年になろうかという、精神的に未熟な時期に受けたその出来事は、クロの心を打ち砕くには十分過ぎました。
結果、数日の放心状態のあと、脳はイジメに対して強い耐性を持つ人格が必要であると判断したのか、新たな人格、舞猫を生み出しました。
温厚で、精神的には幼稚だけど、争いを好まないクロから一転、短気で好戦的ではあるものの、イジメに屈しない強い精神力を持つ舞猫の誕生。
それが、この身体の解離性同一性障害の始まりです。
2.舞猫としての10年間
舞猫が生まれてからは、周りの環境はなかなかに酷かったと思います。
裏切ってくれやがった友人達からのイジメは留まることはなく、学童保育にいた頃は、指導員の先生から怒られない日が少ないくらいに喧嘩しましたし、成長の遅い身体では、当時ソフトボールを習っていた裏切り者共に劣るので、遊具倉庫から何かを引っ張り出して振り回すくらいには荒れてました。
中学に入ってからはさらにエスカレート。別の小学校出身の人間にもイジメのことが知れたのか、野球部、サッカー部を中心にイジメグループが形成された挙句、女子には何らかの入れ込みがあったらしく、バイ菌扱いをされる日々。普通に会話はしても、助けてくれる友人はおらず、次第に学年のほとんどを敵と看做しました。
小学3年の頃に火災に遭い、全てを失ったことのある舞猫に対し、PC技術の授業時に、舞猫が使っていたフォルダに燃え盛る家の画像が保存されていた時は、流石に殺意が沸きました。
結果、制服を改造し、袖にフルーツナイフを仕込んで登校するようにもなりましたが、受験シーズンが迫ると、イジメをやってる場合じゃなくなったのか、ようやっと平穏が訪れたのです。
中学3年間のうち、わずか5ヶ月しか平穏が無いってどういうことだよ。
その後は高校に進学し、今も関わりのあるFF達とも出会い、まともな学生生活を送れていました。(高2は後述の出来事も含めクソだったけど)
3.第二の発症
高校2年の秋口、突如としてその時は起こりました。
吹奏楽部の一員として活動していた舞猫は、九州マーチング大会のメンバー入りを逃しました。
それまで、マーチングの技術に関しては、部内ランキングの上位に名を連ねていた舞猫が、後輩2人に追い抜かれて落選したのです。
今まで無かった、自分が本気で夢中になれる活動に、本気でぶつかって手にすることが出来なかったメンバー入り。県大会は出場出来たこともあり、その絶望感はとてつもなく、その日の活動終了時に、部室の外で先輩から『大丈夫?』と聞かれた時、何も言葉が出てきませんでした。
悔しいです。そう言おうとしたのに。
声を上げて泣きたい。そう思ったはずなのに。
零れる涙に気づかないまま、自分の中で舞猫という存在に大きなヒビが走ったことだけを感じていました。
その数日後、舞猫に不穏な変化が現れます。
メンバー外の練習前、同じメンバー外となった別パートの同級生から『様子が変だ』と告げられました。
表情が虚ろだ、視線が常に泳いでいるなどだったと思います。
そりゃあ、メンバー落ちしたんだし、メンタルがやられている自覚はありましたが、そこまでだったとは。
舞猫は、とりあえず『大丈夫だから』と言いましたが、大丈夫だったのは、それまででした。
その日の夜、舞猫はとある夢を見ます。真っ黒な人影が、自分と同じ声で話しかけてくるのです。
『そろそろ返してよ』
何のことだ。返すって何をだ。そう言おうとした時、ヒビ割れた自分自身の下から、何かが顔を覗かせていました。
それこそが、この身体の最初の持ち主であったクロであり、舞猫が第二の発症を迎えた瞬間だったのです。
4.発症後のそれから
第二の発症から数日後、再び夢の中で、舞猫は自身が2番目の人格であることをクロから告げられ、身体の返還を要求されます。
そのような自覚無く生きてきた舞猫は、クロの身体の返還要求には応じれませんでした。当たり前です。その時点で、少なくともクロより長く生きていたのです。返すわけにはいかない。
断固として拒否する姿勢を見せる舞猫に、クロは、ならば実力行使するしかないと言って襲いかかってきたのです。
夢の中の出来事なれど、ここで負けてしまうと、次に目を覚ますのは舞猫ではなくクロになる。自分は二度と、目を覚ますことが出来なくなる。直感がそう告げていました。
その戦いは夢の中で行われましたから、色々とやりたい放題です。真っ黒な空間の中から、様々な武器を取り出したり、魔法っぽいのを使ったり。
話したり、こうして文章にすると、厨二臭く感じてむず痒いですが、実際そうして殺り合ってたんですから仕方ありません。それに互いに自己の存亡を賭けてたんですから、使えるモンは使うって感覚だったんでしょうね。
そんな戦いが、ほぼ毎日続きました。引き分けで朝を迎えると、主導権がまだ舞猫にあることを安堵することから一日が始まり、睡眠を摂れば再び戦いが始まる……睡眠は出来ても、眠った気がしない。精神は疲弊していくばかりです。
病院には行きませんでした。そんな選択肢は頭に無かったから。
代わりに、当時、同様の障害を患っていた友人から、精神安定剤を譲り受けて飲んでいました。(元ドラッグストア従業員の舞猫から考えたら、他人に処方された薬を貰って飲むのは究極のバカなんですが)
そして、その戦いについに、決着がつく時が来ました。
高校3年になった舞猫の、九州マーチング大会の出場が決まったのです。
一年前に逃した九州大会への出場により、精神的に大きな余裕が出来たことが決定打になりました。
一年掛けても舞猫を下すことが出来なかったクロは、これ以上の戦っても勝てないと判断したのか、自ら手を引くと言ってきたのです。
それは、舞猫の勝利の瞬間であり、クロの消滅の時でもありました。
しかし、舞猫は、クロにこう提案したのです。
『お前が良いと言うなら、2人で生きていかないか』
互いに互いを認め合い、2人で1人として生きていく。解離性同一性障害者として、共存の道を選ぶ。
互いに生きたいという気持ちがぶつかり合っていたのなら、手を取り合えば良かったのではと、遅ればせながら気づいたのです。
クロは、その提案を、迷いに迷って受けることとし、共存して生きていくことを決めたのでした。
5.共存後の人生
共存を決めたとはいえ、身体の主導権は舞猫にありました。というのも、クロの精神は、小学2年になる直前が最後であり、身体の成長に応じて精神的にも成長はしていましたが、良くも悪くも素直というか、純粋というか、根っこは当時のままで。
簡単に言えば、思ったことがそのまま口に出るタイプでして、しかも過激派。ボソッと『死ねばいいのに』等々、危ない言動をするヤツだったので、無闇に表に出さないようにしてました。
流石にそんなヤベーヤツを表に出せるようになるのはもうちょい先だな、と思って、とりあえず右の目を舞猫、左の目をクロと定め、視界と記憶を常に共有した上で、舞猫が身体を動かす、というやり方で生きてきました。
そして、割と最近になって、クロを表に出せるようになったと判断したのです。
それでもまだ安心は出来ないので、クロには申し訳ないけど、舞猫の精神回復のためのピンチヒッターとして活動してもらってました。利用するみたいでゴメンなホント。
しかし、最近不運に次ぐ不運に見舞われ過ぎて、ついに舞猫が耐えられなくなったため、ピンチヒッターからスタメン昇格したということですね。
長々と書き連ねて参りましたが、これが、舞猫の解離性同一性障害になった経緯と、それから今までの話です。
おそらく、高校での知り合ったFFでさえ、この話はほとんど知らないハズですし、本当に、心の底から信頼出来る人間にしか話して来なかった内容です。
SNSや、デレマス関連等で知り合った方々からすれば、何だコイツめちゃくちゃな過去してんなって思われたと思います。
今回、舞猫が心の底から信頼した人間にしか話さなかった話を、こうしてブログに書き連ねたのは、クロのことを理解してもらった上で、それでも『舞猫』として接して頂くために、事情を話すべきだと思ったからです。
ちなみにTwitterは、基本的にはクロが運用しますが、大事な話や通話、対面での会話は舞猫が出ます。クロのヤツ、舞猫よりコミュ障なんで。
このブログは、舞猫が担当します。いえーい。
あとは、pixivに投げてる虹ヶ咲、及びLiella! の二次創作小説の投稿も、変わらず続けていきます。
あくまで普段の日常生活やTwitter上での活動をクロに担当してもらうだけなので、舞猫の趣味でやってる二次創作やブログは今まで通りです。
これからは、舞猫がサブとして生きていきますが、何度もお願いしますように、どちらも『舞猫』として接して頂きたく思います。
最後に、解離性同一性障害を患い、こんな長ったらしく説明する羽目になった元凶の、裏切り者のクソ野郎共に一言を。
テメェらのおかげ様で、いい人生を送れてるわ。せいぜいその汚い性根を抱えたまま地獄に落ちやがれ。👎
それではまた。