気が付けば、僕は風邪をこじらせていました。 熱帯にいるときの恰好、長袖Tシャツ一枚でバスに乗り、高地を越えて海岸沿いのリマまでやってきたのです。 その間、冷え込むバスの中や、途中に下車したりしたことで、体調を崩してしまったのでしょう。 そもそも、毎日暑い場所にいて、順応していたところ、急に寒くて標高のあるところに来れば、身体に負担がないはずが無い訳で。 それで、リマの宿に着いてから風邪をひきました。 喉が痛くて、鼻水が出たり頭がボーとしたりして、 随分久々にこういう状況になりました。 いつも身体を崩すのは旅が一旦落ち着いたとき。 歩行過程やイカダでの航行中、周りには小さな村しかないって言う時は 身体は頑張っている。 街について、久々に屋根のある場所で寝られるって時、熱が出たり風邪をひいたりする。 それだけ普段は緊張しているっていうことなんですね。 で、ここ数日間、僕は「気付き」の連続で、何と言うか、驚いています。 「悟り」とまでは言わないまでも、たぶん、それと同類の現象が僕の中に起こっていて、 「これまでの僕は何も知らなかったんだ」という風にさえ感じます。 この「気付き」を得られた最初のきっかけは、 イカダがひっくり返って、「死ぬかも」と一瞬思った体験です。 次のきっかけは、ユーチューブで出会った、田坂広志氏という経済学者の方のスピーチです。 これを見て、自分のために生きるより、世界のために生きたいと思い(気が付き)ました。 そして、今回プカルパからリマに来る間バスの中で一緒だった、とある日本人旅行者との出会い。 彼は、35歳の福岡の方。 中米から南米までを3か月かけて旅されていて、もう数日で日本へ帰る、ということでした。 彼は南米のアヤワスカや幻覚サボテンを体験する事を今回の旅の主な目的としていました。その彼の、ドラッグに対する態度が、僕に大きな「気づき」を与えてくれることになったのです。 Mさんのお話は、「マジックマッシュルーム」を食べたときから始まります。 僕はこのドラッグについてよく知りませんが、幻覚剤の一つみたいです。 で、この「キノコ」を食べたとき、ものすごい気づきがあったと言います。 彼は、その中で3度ほど死んだ、というような事を言っていました。 『人間は死ぬ。死ぬときには、何も持って行けない。すべてを手放さなければいけない。』 そのことを伝えられ、その後彼は全てを諦めたと言います。 「家族や友人、全部手放すと、一旦幸せな気持ちになった。でも、また声が聞こえてくる、、、。」 『嘘だ、お前はまだ、本当にそれらを手放すことが出来ていない。』 その後も、そういった関門が3度ほど続いた、と言います。 その体験のあと、世界のことを知りたくて、本を読みまくったということでした。 人類の歴史とか政治とか、彼は本当にいろんなことを知っている、物知りでした。 丁度僕も、日本へ帰ったら沢山勉強したいと思っているところでした。 彼がどうしてそんなに本を読んで勉強したのか、僕も良く分かった気がしました。 彼と別れた後、 僕はリマについて、体調を崩し、今はここで休養しろってことなんだ、と解釈し、 数日間、毎日ユーチューブばっかり見ていました。 本当は本が読みたいのですが、図書館も日本語の本屋さんも無いので、ネットで得られる情報を漁りまくりました。 彼が教えてくれた本や作家を入り口に、ホリエモンから、スピリチュアル系から、建築から、政治から、麻薬についてまで、いろんな人の話を聞いていました。 そこで、僕はたくさんの気付きを得ることが出来たのですが、その中で一番大きかったと思うのは、 「目に見えるすべての事柄には、理由がある」ということです。 当たり前、といえば当たり前ですが、僕はこれまでこのことに気付いてはいませんでした。 要は、最初から存在していたものなど、ほんの一部しかない、ということです。 政治も、経済も、洋服も、学問も、公園も、宗教も、言語も、「食べるときは肘を立ててはいけません!」も、家も、お金も、「ドラッグやっちゃいけません」っていう法律も、これら全部、初めから絶対的にあったものじゃない。 それらは全て、過去の人間が、創ったものだった。 だから、今ある訳であって、はじめからあったわけじゃない。 「こんなものがあったらいいよね、こんなものがあれば幸せになれるよね」と、昔の人が自分たちで作ったものだった。 テーブルが四角いのも、 椅子の足が4つあるのも、洋服がこういう形なのも、靴というものが存在するのも、 今この時代を生きる僕らと同じ、人間である誰かが作ったからそうなっている訳であって、はじめからそうでなきゃいけないなんてルールは、何も無かった。 「無ければ自分で作ればいい」っていう言葉の意味は、こういうことだったんだ。 歴史とか本質とかを勉強して、自分にとって一番いいものを、新しいものを、作ればいいんだ。 年金制度が破たんしているのも、 当たり前にシューカツして当たり前に9時5時で仕事しながらストレスが溜まるのも、 どうしてそうなっているのかっていう歴史を学んで、 どうすれば改善できるのかを考えて、変えていけばいい。 僕が「大学卒業式に、壇上に上がってマイクを奪い、全裸で全卒業生の前に立って叫びたい」と相談した時、東工大へ行った同級生のS君は、 「やっちゃいけないことなんかない。大事なのは、どうしてやりたいか」と言っていた。 彼は、19歳そこいらで気がづいていたんだ。 僕は、もうすぐ27歳という年齢で、今やっとその意味に気づけた。 同級生のお父さんに紹介して頂いた、フジテレビのドキュメンタリー作家の方に言われた、「お前は薄っぺらい」という言葉の意味も、だんだん分かってきた。その方に「クリエイターとして生きるなら、『人はなぜ生きるか』という問いを諦めてはいけない」と言われた意味も、 「僕はアーティストではなくエンターテイナーになりたい」と言った時に 年配の友人の彫刻家、Oさんに言われた、「エンターテイナーの自分とアーティストの自分が重なる時が来ると思う」という言葉の意味も、今ならわかる。 昔の絵画とか、クラシック音楽とか、シェイクスピアとか、相撲とかが分からず、 クレヨンしんちゃんとか、AKBとか、お笑いコントとかのほうが面白いじゃん、と思っていたが、追い求めていくと、きっとそういう古典的なものの魅力も分かってくるのだろうと思う。 (なんか、デスマス調で書き始めたのに、気づけばデアル調になっちゃってますね。読みにくくて、すみませんね、、、(汗)) 進学校に通っていた。 みんな僕よりも頭が良かった。 どうして勉強するのか、教えてくれた先生は1人もいなかった。 いま、やっと分かったよ。 今僕が中学校に戻ったら、勉強が楽しくて仕方なくって、 成績優秀な生徒になっただろうな(苦笑 新聞を読むことの意味も、 日本史を勉強する意味も、 学校のみんながどうして必死に勉強していたのかも、 人はどうして子供を産んで育てるのかも、 今、やっと分かったよ。 今まで分からなかったことが、やっと分かったよ。 自分が無学なことが、恥ずかしいことだと思っていた。 彼女と別れることは、とにかく怖いことだと思っていた。 高価なものだから、良いものなんだと思っていた。 スピリチャル系は、なんか怪しいと思っていた。 自分が無学なのは、学ぶことの大事さに気付けていなかったからだけだし、 彼女と別れるのが怖いのは、別れる理由について考えたこともなかったからだし、 お金の価値は後から人が付けたものであって、1万円のものよりも10円のもののほうが価値が高いってことは大いにあるって事もわかった。 スピリチュアル系は、おまじないでも幻想でもなく、因果に基づいて研究された結果なのだということがわかった。 日本へ帰ったら、本を読みたいしたくさんの人と話をしたいと思う。 僕は、これまでの人生で、本を読んだことは、無い。 本には、きっとこれまで生きてきた人たちの知恵がいっぱい詰まっているのだろう。 彼らの知恵をたくさん取り入れ、僕自身にとって一番いい生き方をしたい。 友人、知人、たくさん人と話をして、自分の経験や感じた事を共有したいし、考えたことを吟味したい。そうすれば、きっと「一緒にこんなイベントやりましょう!」とか、「こんなサービスを提供できるように会社を作りましょう!」とか、そんな話が沢山出来ると思う。 20150921(2)
