【アマゾン川を、思いっきり、あそぶ!!】 | Dancing Across the Amazon

Dancing Across the Amazon

南米大陸の左端から右端まで、
徒歩とカヌーとイカダだけで旅をし、
道中、毎日ダンスするブログです。




ぼくの元気の源


ガリレアの村を出発する前に、今回の企画ダンシングアクロスザアマゾンの支援者名簿に、いま一度 目を通してみた。
皆が、備考欄に応援メッセージを書いてくれているのを読んだ。


みんな、本当に僕のことを応援し、愛してくれていて、僕の映画を楽しみにしてくれているんだということを、再確認できた。


何よりも、こういうものが、元気の源になる。



今日は、撮影日にした。


昨日、ガリレアの街で電池を十分に充電をすることが出来た。
バッテリーに余裕があるうちに、そして精神的にも疲れる前に、撮影しておきたいものがあった。









(ずっと前から、これを使って、撮影がしたかった。)

浮き輪。 ティーティーウーが浮き輪でアマゾン川を泳ぐシーンを、撮影したかった。 この構想も、随分と前からあった。 浮き輪という、プールや海水浴場で使うようなモノと、 壮大な自然のアマゾン川。 なかなか接点のないこの二つのものを、組み合わせた映像が作りたかった。 僕の人生のテーマの一つ、それは現実と非現実 別の言い方をすれば、非現実を現実世界で実現してしまう、ということだ。 そもそも、僕が南米大陸横断という、大変な旅に、ティーティーウーという、よく分かんないキャラクターが毎日現実に登場するというのも、非現実を現実にしてしまいたかったからなのだ。 非現実を現実に実現してしまうという事象には、演劇を勉強していた大学時代から興味があった。 いくら非現実的な事でも、実現させてしまえば現実になってしまう。 どんなイマジネーションも、実現できることを証明するとともに、 全ては想像力なのだということを示したい。
(想像力こそ、すべてなのだ!!)

、、、と前置きは長くなったが、とにかくそういうことで、千円くらいする浮き輪を、今日のこの撮影の為に買っておいたのだった。 朝、出発して一時間ほど下ったところに、絶好の撮影スポットを見つけた。 砂浜で、風も少なく、人もおらず、陽の角度も最高だった。 そして浮き輪をふくらまし、ティーティーウーにきがえ、泳いだ。 何度も何度も撮影し直し、想いの行くままに撮影に集中した。 上手く撮れたし、バッテリーもまだ余裕がありそうだったので、スポンサー企業の為の動画も作ることが出来た。 一つは、同じ画面に三人のティーティーウーが踊るという、巧妙な編集の必要な大作になると思う。
日本へ帰って編集するのが楽しみである。
(スポンサー企業のショートムービーひとコマ)

僕はやっぱしスポーツマンじゃなくて、創造する人なんだ。 最近思うのは、あのポーランドの冒険家、もくがアタラヤの街に着いた少し前に通過したという彼の、カヤックで川を下るスピードって言いうのはかなり早かったんじゃないか、ということだ。 アタラヤからプカルパまで一週間で下ったというけれど、毎日かなり早いスピードでオールを一日中こぎ続けなければ着けないスピードだろう、、、。
(で、一方のおいらはこんなスピードだからなぁ、、、。)

彼は、どんどん前に進むのが楽しくて仕方ないタイプの人なんだろう。 それでギネスレコードにも挑戦しているみたいだし。 僕はそういうタイプじゃないな。 僕が嬉しいのは、撮影がうまく行った時。 どんなに時間をかけたとしても、素晴らしい画が撮れれば、万々歳。 オウムさんvs.イヤホン 夕方、浜に停めてテントを張り、テントの中の蚊を殺しながら音楽を聴いていたら、 向こうから漁師の人たちが歩いて来たので、僕は慌てて(蚊に刺されないように)テントの外に顔だけ出して挨拶をした。 その間に、ぼくのオウムがイヤホンをぶっちぎってしまった。 これで、もうイヤホンで音楽が聴けなくなった。悲しいなぁ、、、。
(オウムさんは、口ばしが超強い。なんでも破壊しちゃう。)

今の僕には、余裕がある。 砂浜での彼らとの会話は、いつも道り「一人で旅して怖くないのか」というものだった。 正直に言うが、この地域の雰囲気からして、あまり怖いとは感じない。 雰囲気がおかしい地域だと、浜の向こう側から人が来るときに物凄く緊張する。 でも彼らがこちらへ来た時は、あまり緊張しなかったし、案の定ただ挨拶をするだけで彼らは行ってしまった。 こういう安心感が、緊張の欠如が良くないのかもしれないけれど、 まぁそれでもこうして一年半旅をしてきているんだ。
(いぇーい!)

オウムを飼う余裕だって、撮影に集中する余裕だってある。 20150911