今日は、予定どおりカヌーの練習にあてた。
岸伝いに川をさかのぼり、そこから向こう岸へ川を渡り、そしてまた村のある岸へと帰ってきた。
(新しいライフジャケットを着て、カヌーの試乗!)

このカヌーが右側に傾きやすいのは、もはやご愛嬌だ。
右側の側面のほうがなだらかで、左側の側面は垂直に近い形で掘られている。
これはさすがに今からどうしようという問題では無い。
大西洋まで、このカヌーで向かう他ない。
荷物を左側に置いたり、自分が中心よりも少しだけ左側に座ることで大きな傾きは避けられるだろう。
ドミンゴを乗せてのカヌー試乗と、川の横断
それから、ドミンゴを乗せて運転もしてみたが、ドミンゴがいるのといないのとでは、大きく違った。まず、体重があるので、やはりカヌーが重くなり、前に進むスピードが遅くなる。これは川をさかのぼるとき顕著に違いが出る。
それから、バランスの問題。
ドミンゴが少し動いただけで、カヌーはゆらゆらと左右に揺れる。
それに対応してバランスをとりながらオールをこぐのは、少し大変だ。
なかなか遡行することは出来ず、川の流れに負けてしまう。
その後、ドミンゴを岸に置いて自分ひとりで1時間ほど遡行してみた。
1.5キロほど離れた隣村へ着くと、今度は向こう岸へ渡ってみる。
(向こう岸にわたるのは、心細く、少し不安!)

向こう岸にわたるってことは、川のど真ん中を通るっていうことで、
岸伝いに移動するよりも多少心細いのだが、いつまでも怖がっていたら出来ないし、
一度わたってしまえば自信もつくだろうと考え、思い切って渡ってみたのだった。
さて、川を渡るのは、川を遡るのよりも実はずっと簡単だった。
川は、川上から川下へと流れている。
ただ、川がとても広く、そして流れが穏やかなため、流れの中(川の真ん中)にいるときは、そこにある水は止まっている様に見える。
だから、川を横断するときは止まった水の上をこぐようなもので、意外とスムーズに問題なく渡ることが出来た。
ただ、本番では、ドミンゴだけでなく荷物も随分と積まなくてはならない。
今日練習してみた感じだと、今後さらに大きくなってくるこの川の上で、僕はきっと笹の葉船に乗っているような心細さを感じるのだろう、とそういう風に思えた。
笹の葉船の上の独り言
「イカダは良かったよなぁ、安定してるし、多少の波があっても問題ないし、イカダの上で立ったり歩いたりできるし、、、。
否、一方であのイカダはオールをいくらこいでもそれほど移動できないし、そのせいで随分怖い思いだってしたじゃないか。
イカダに乗っていたあの頃は、カヌーに乗って移動する旅行者を羨んでいた僕じゃないか。
あぁそうだった、そうだった。
やっぱしカヌーのほうが断然いいや。」そんな会話を自分の中でしながら、練習した。
転覆時のイメージ訓練
村の港につくと、今度は転覆の練習もした。
縁起が悪いような気もしたけれど、この練習は非常に大事。
高い波にのまれてカヌーに水がたくさん入ると、カヌーは一体どうなるのか?
それを経験し、知っておく必要がある。
本番一発勝負だと、慌てるだろうし、冷静に行動できまい。
ゆらゆらと、大きくカヌーを揺らして水をカヌーの中へ入れる。
カヌーに水が半分以上入ると、僕の体重でカヌーは水の中へ沈んだ。
そして、僕を水中に捨てると、クルッとひっくり返ってカヌーの底が水の上に出ている状態に。
この段階で、荷物は投げ出されることになるし、オールだって結んでいなければ流れていってしまうだろう。
(水が入ると、カヌーはズンズンと沈んでいく)

その後、水中でこのカヌーをひっくり返し、左右に揺らすことで、自分が水中にいる状態でもカヌーの中の水を捨てることができることが分かった。
そして、そのまま水中からカヌーの上に乗ることだって、難なく出来た。
カヌーに乗ろうとする時に再び水が入るということは、なさそうだった。
ただ、問題は荷物だ。
日本から持参した防水バッグを試験的に水の上に浮かべてみた。空いた穴は昨日全て布テープで埋めたのだが、縫い目の部分から水が随分と入ってきてしまっていた。
この防水バッグは一年半近くカバンの中でもまれながら僕と一緒に旅をしてきており、縫い目の部分がゆるくなってしまっているのだろう、旅を始めたころ、砂漠地帯で水を運ぶためにこの防水バッグを使ったのだが、ほぼ問題なく水を運ぶことが出来た。(防水バッグは水を運ぶための用途で使うようには設計されていない)だが、ここへ来ていよいよ本格的に防水してほしいときに、本領発揮できないまま、否防水バッグとなってしまったのだ、、、。
(ひっくり返ったカヌー。これをエイヤッ!とひっくり返して元に戻す)

このままでは機材類が心配なので、対策を考えないといけない。
星空の下の大家族
夕方暗くなってから、電気も何もない星空の下で、
僕がお世話になっているご家族はベンチに座って喋っている。
(写真に写っているのは、一つの家族の、ほんの一部。)

今夜も、僕は昨日みたいに親父さんとお袋さんの肩をもませて頂いた。
10人の子供、そして27人の孫を持つ親というのは、とても大きな存在だ。
力みすぎず、だが決して弱くない。
家族を守るために、当たり前のことを、当たり前にこなしているだけなのだが、
それが何よりもすごい。
何しろ、何処の馬の骨かも知らぬ僕を、家に置いてくださり、
ご飯を出してくださり、そして肩をもませてくださる。
本当に腹が据わった方たちだと思う。
尊敬できる人は、目の前にいた
下から4番目くらいの娘さん、いつも僕に気をかけて下さり、
僕が欲しいものを、すぐに察して言ってくれる。
「ご飯、どうぞ。」
「身体を洗いたいの?」
「おはよう、元気?」
彼女はお子さんも、3-4人はいるんだが、それでも僕にまで気がまわるのは本当にすごいと思うし、とても優しい方だと思う。
そんな、嫌味の全くない笑顔で接してくださる彼女。
僕は29歳か30歳くらいだと思っていた。
でも、訊いてみたら「25歳」だって。
これには驚きを隠せなかった。
お姉さんだと思っていた人が、実は自分よりも年下だったのだ。
都会に住んでいるから、勉強ができるから、いろんなことを知っているから、苦労しているから、偉いんじゃない。
ただ、東京にいなくても、偉い人は世界中にいるものなんだ。
何もない、ここアマゾンのジャングルに、ものすごく尊敬できる人がいる。
(尊敬できる人は、目の前にいた。それって、すごく幸せなことだ。)

彼女との会話ので、
彼女はご夫婦でお母さんに会いにこの村に来ており、
3か月前までは都会で暮らしていたということが分かった。
僕がお母さんの肩をもみながら、トウモロコシジュースを頂き、家族だんらんの時間を満喫し、幸せを噛みしめている時だった。
家族喧嘩
その25歳の娘さんの旦那さん(30歳)が蚊帳の中でお酒を飲んでいるのか、何やらあまり気の利かない事を喋っていたか何かで、このご家族の、40代のご長男が彼に一言、言いに行った。
「おい、酒を飲んで酔っ払って、その態度は何だ!第一ここはお前の家でもないじゃないか!」
それから、義理の兄弟との口喧嘩が始まった。
お兄さんに強く言われ、反発していた旦那さんも、半べそ状態で、もはや嘆くように喋っている。
この会話を、僕は理解することが出来た。
そう、彼らは普段自分たちが喋るシピーボ語ではなく、国の公用語、スペイン語を使っていたのだ。
このときはじめて気が付いたのだが、この旦那さんはシピーボ語を話さないのだった。
奥さんと一緒に、奥さんのお母さんに会いにこの村へ来て、一時的にこの家に世話になって暮らしている状態なのだ。
この旦那さんも、僕にいつも、ものすごく優してくれる。
笑顔がとても素敵な旦那さんだ。
彼の様な優しい男のことだから、ストレスをたくさん我慢してしまっていたのだろう。
子どもの世話や、慣れない田舎での仕事(農・漁業)、生活、そして分からない言葉、、、。
お酒でも飲まないとやっていられないような状態になってしまってたのかもしれない。
(慣れない環境で、大変な思いをしているのは僕だけじゃなかった)

このご夫婦の2歳ほどの娘さんは、2歳にしては少し幼く、身体も小さい。
7か月で出産してしまい、
その後、人工養育機(?)に入れて育て続けるにはお金がなくて、泣く泣く病院から連れて帰ってきたのだと言う。
シピーボ族の、器のでかさ
僕は、この喧嘩を聴きながら、思った。
彼らは皆、少しずつ我慢をして暮らしているのだ。
お互いに気を遣い、優しさを忘れず、そうして和を保っているのだ。
そんな中、急にやってきたどこの誰だかも分からないような日本人ツーリストを家に置いて、食事も出してくれ、いろいろ気を遣ってくださる。
夕方、皆が食べ終わった後に僕が戻ってくると、とっておいてくれたお皿が僕の前に出てくる。
「待ってたのよ!」と、素敵な笑顔で運ばれてくる。
「今は家庭環境的に、誰かを受け入れられるような状態じゃないから」とか、
「あなたが経済的支援をしてくれれば、家族に少しでもお金が入るとの思いで」とか、
そう言う理由で僕をここに置いてくれているんじゃないんだ、ということがわかり、
このご家族と一緒にいて、本当に嬉しく、また感心させられる。
だから僕は、いつの間にか彼らご家族の一員みたいに感じて暮らすことが出来ているのだ。
(ちなみにこれは子どもたちに大人気のオモチャ。日本のどこを探しても、前輪のない自転車が重宝がられる場所はないだろう。)

普通なら、自分や自分の家族の損得をまず一番に考えるんじゃないかなぁ。
というか、僕の育った家庭は、たぶんそうだったのだ。
でも、今僕がいるここのご家族(大大大家族!)はそうじゃないのだ。
どこの誰だか知らないけれど、困っているらしいから手助けしてあげよう、と
そういう気持ちで受け入れてくれているんだろう、、、。
損得勘定で人に優しくしようと思っている訳ではないのだ。
考えてみればこれまで旅で出会った、たくさんのご家族がそうだった。
旅に出ないと気付けない事ではないが、
僕は旅に出たから気が付くことができた。
やっぱし、旅に出てよかった。
あぁぁぁ、、、激ネム、、、。
ひとまずパソコン閉じます。
20150904