シピーボ族という人々
イカダがひっくり返った日、救っていただいた人たちが住んでいる集落にて泊めて頂いた。そこは、Caco Macaya という、シピーボ族の集落だった。
(女性は伝統的な、色合いの派手な服を着ている)

女性は前髪を短く切り、後ろは長く伸ばしている。
細い川(支流)の周りに住むアシャーニンカ族とは、済んでいる距離が数百メートルと違わないのに、言語が全く違い、そして彼らシピーボ族の方がずっと文明開化している印象を受ける。
それから、シピーボ族の人たちは皆好奇心が旺盛で、子どもたちなんかは僕の周りに束になって集まってくる。どこの家を訪ねても親切にしてくれ、ご飯を出して頂けた。アシャーニンカ族の村にいたときは、彼らは遠くから隠れて僕のことを見ているだけで、誰も僕と話をしようとはしなかった。
というわけで、僕はここMacaya村で二日間かけ、ノートの最後の一ページまで、濡れたものをすべて乾かした。
数日後の7月28日は、ペルーの独立記念日だ。
村では数日先だって、24日に行事が行われた。
子どもたちが歌を歌ったりダンスをしたりする。
勿論、僕もティーティーウーとして参加させて頂いたのだが、これが実は大失敗に終わってしまった。打ち合わせの時と違う音楽が流れてしまい、ゆったりとした音楽の中で、テンポが非常に悪いショーになってしまい、ウケも悪かった。
失敗は成功のもと、まさにそう思わないとやってられないような、恥をかいた晩だった。
これからの予定に関して、夜、蚊帳の中で考えていた。
そして、このように決めた。
ドミンゴを連れ、ここからボートで3-4時間離れたIpariaという小さな街の宿で、2-3日かけて集中してこれまでブログを編集し終える。
その後、一度Macaya村へ戻り、ドミンゴを置いて、ボートで24時間のプカルパの大都市へ向かう。翌日、一日半かけてバスで首都のリマへ向かい、一眼レフのカメラを買う。そして、再びプカルパを経由してMacaya村へ戻り、カヌーを購入して旅を再開する。
カヌーで再出発するまで、これから約2週間の予定だ。
(写真は明け方、大量に撮れた魚を皆で網から外しているところ)

カヌーで川を下ることについて
僕の旅、ダンシングアクロスザアマゾンは、本来「徒歩、カヌー、イカダ」で全アマゾン川を7500kmほど移動する旅、と定めていた。
しかし、歩き終えた場所ではカヌーは利用されていないとのことで、そこで自分のイカダを作った。イカダを作るのに一か月もかかったこともあり、カヌーは使わず、このイカダでゴールまで進んでしまおうと考えていた。
丁度僕がアタラヤの街に到着した一か月ほど前、ポーランドの冒険家がカヤックで僕と同じルートを下っており、彼は一週間でプカルパの街へ着いたとのことだった。一方イカダで進む僕は、一週間たってもその半分の距離しか進めていない。
彼がゴールの大西洋に100日で到着する予定でいることを考えると、
僕はその二倍の200日、7カ月弱かかることになる。
彼は、日中しか航行しない。この時点で、イカダに乗っている僕は、夜間航行もしなければメチャクチャ時間がかかることは分かっていた。だが、同時にこの小さなイカダでの夜間航行がどれだけ危険かという事も分かっていた。
(日中の移動も危険なのに、このイカダでは絶対に夜間航行など出来やしない事は分かっていた。)

初めからカヌーに乗るのではなく、イカダで失敗したから、カヌーに乗りかえる。
イカダで進むよりも、カヌーで進む方が断然楽であることは確かだ。
カヌーなら、どこでもたどり着きたい村へ上陸できるし、流木にぶつかる危険も、座礁してなかなか前へ進めないことも無い。
ただ、それを理由に、このイカダを捨ててカヌーに乗り換えることは僕のプライドが許さなかった。「イカダで下るのは大変だが、だからこそいいのだ。」ポーランド人の冒険家の話を聞いて、羨ましさ半分、より一層そう思ったのだった。
しかし、今の僕はもう状況が違う。
イカダが、転覆したのだ。
これは、誰がどう見てもカヌーに乗り換えて良いタイミングだろう。
これから先も同じイカダで旅をすることなど、考えるだけで馬鹿げている。
イカダで挑戦し、失敗したからカヌーに乗り換えるというのは、
初めからイカダで挑戦することもせずにカヌーに乗るのと、意味が大きく違う。
だから、僕は自信をもって、
胸を張ってカヌーに乗り換えようと思っている。
イカダと共に、永遠に消えた夢
確かに、悔しい気持ちもある。
ブラジルのマナウスと言う街の近くで、何百メートルもの間、合流する白い川と黒い川の水が混ざらないまま流れる場所がある。そのど真ん中を、イカダで下りたかった。しかし、もうこの夢は一生叶えられないままに終わることだろう。
だが、それでいい。
何が起きるか分からないから、予定道りになんかいかないから、旅は面白いんじゃないか。
(予定道りの旅ほど、つまらない旅はない。)

カヌーに乗ったら、自由に岸へたどり着くことが出来る。
各村々を訪ねながら、彼らがどのように暮らしているのかを見て下ろう。
食糧の補充やバッテリーの充電などの心配も、イカダでの移動に比べて、する必要がウンと減るはずだ。
カヌーに乗って、再び旅を開始した暁には、
また最高に自由を感じられたらと思う。
20150723-24