【本当は僕、この人のことが怖かった】 | Dancing Across the Amazon

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南米大陸の左端から右端まで、
徒歩とカヌーとイカダだけで旅をし、
道中、毎日ダンスするブログです。





今日は、昨日のサンドラの誕生日のために戻ったクスコを離れ、
僕の牛が待つ、コンポーネ村のウィリーおじさんのチーズ工場へと戻る。




 

                                       (牛を預けていた村へ戻ってきた) 








昨日の夜、サンドラのお父さん、ご兄弟と友人たちとお酒を飲んだ。
お酒を飲んだことで、相手の汚い部分が見えたような気もした。
「このまま悪い思い出で終わらせたくはない。」そう思っていた。
サンドラのお父さん、ルイスさんはそのことを知ってか知らずか、
今からクスコを出てコンポーネ村へ行くというタイミングで、無理やり僕を食堂に誘い、スープをごちそうしてくれた。


人間、誰だって完璧じゃないんだ、と思うことにして、
昨日あったことを許したいと思っていたので、おご馳走してもらうことでその機会を得られた。


時間が無いという僕を無理やり誘ってでも、そうしてくれたことに感謝したいとおもう。
約束の時間に1時間弱遅れて、コンポーネの村に戻った。
昼の1時、ちょうど皆さん(ウィリーおじさんの妻子とお兄さん)がお昼ご飯を食べようとしている頃に到着した。


「リッチー!おかえり。元気かい?さぁ、食べよう!」
運よくもちゃっかりと、遠慮なくご飯を頂きながら、
彼らの優しい気持ちが本当にありがたく感じられた。
食事をした後、ノートパソコンの充電をさせていただき、
雨雲が通り過ぎるのを待っていたら、結局4時半になってしまった。 






 (牛を預けていたウィリーおじさんたちに暖かく迎えていただいた!) 










「明日の朝出発すればいいじゃないか!」というウィリーおじさんに、
「ありがとうございます、それでもやっぱし僕は少しでも前に進みたいので、」とお断りし、陽が沈むまで1時間半ほど歩く予定だった。
「ウィリーさん、僕、あなたといろんなお話を出来たのがとても嬉しかったです。



インカの歴史を教えていただいたり、他のペルーの方とはあまり話したことが無かったことを話せた事、ありがとうございました!」僕が彼にそういうと、彼は「そうか、僕もとても嬉しかったよ、でも、日中は店の番をしなければいけないので、あまり話せる時間が無くて、、、君の国の文化についてはほんの少ししか知らないから、是非教えてもらいたいんだけれど、、、。 だから、今夜はここに泊まっていけばいいじゃないか、って言っているのさ。」
「そういうことなら!」と、僕はもう一晩だけ、彼のところでお世話になることにした。

夕方6時前から、23時を過ぎるまで、二人で話をした。
家族のこと、兄弟のこと、どうして教育を受けた自分が今、こんな古びたチーズ屋で働いているのか、すべては自分の兄(サンチアゴおじさん)が2-3年前に事故で片腕の指を全て切り落としたことから、彼と彼の家族を助ける為なのだという事を教えてくれた。

そして、
彼は、ペルーの抱える問題について、僕に熱弁してくれた。
この国の教育のレベルの低さが、貧困を招いていることについて嘆いていた。

スペイン人が如何にしてこの国を、この国の文化を潰したか、その悲しみと苦しみについて語ってくれた。

その後は、僕らの魂がどこへ行くのかという事についておたがいの考えを語り合った。


僕は正直言って、彼のやさしさが少し怖かった。

彼の僕に対するやさしさの中には、僕の(国の)裕福さに対する羨みの気持ちがあるのではないかと思っていた。
しかし、そうではなかった。
だから、僕は彼に、これまで第三国を何度か見てきて、その貧困と自分の裕福さに動揺すると共に、自分がもしかしたら貧困国の人々を卑下し、軽蔑の念をもって見ていた可能性があること、


今回ペルーに入ってしばらくしてからも、もしかしたらそういう気持ちがあったかもしれなかったことについて告白した。

そして、今はペルー人を尊敬し、彼らから学んだことを是非自分の友人家族、子孫に伝えていきたいという事も正直に話した。




                                              (二人で、熱く語り合った) 






熱い夜だった。
上着を着たうえに毛布を借りて羽織るほど寒かったのに、酒も飲んでいないのに、僕らは夜中まで熱く語り合った。

「あなたの考えを僕に聞かせてくれてありがとうございました。」


「こちらこそ、僕の話を聞いてくれてありがとう。こうして人と話をする機会がこれまであまりなかったから、とても嬉しいよ。そして君の意見をも聞かせてくれてありがとう。」


僕は、彼の手を強く握りしめた。

それでも足りないような気がしたから、強く抱きしめた。
恐らく、僕が人に出来るハグのうち、最も”本当のハグ”に近い、気持ちのこもったハグが出来たという自信がある。

僕はこのウィリーおじさんのことが怖くなくなった。

僕はこのウィリーおじさんのことが大好きになったし、いつの日か彼の言っていたことを、僕の仲間や次の世代に伝えていきたいと思った。
僕が旅をしている理由は、僕の両親が僕に旅をさせてくれた理由は、
今日みたいな大切な時間の為なのではないかと言う風に思えた。
そして、自分の国の貧困を嘆き、恥じているようでもあったウィリーおじさんは、「リッチー、一つお願いがあるんだ。」と切り出した。


「昨日撮影していたチーズを作る工程だけど、どうか僕らのチーズ工場がオンボロで汚いというところは見せないようにしてくれないか、あと15年、20年したら、きっと立派なチーズ工場になっているから、その時まで工場のパノラマの画を映すのはまってほしいんだ、ただ一つだけ、それをお願いしたい。」
 







                   (ウィリーおじさんたちの愛と情熱の籠ったチーズ) 








ぼくが彼を恐れていたのは、彼ら貧困国が自分の国よりも遅れをとっていることに対する罪悪感だった。

「僕はもう50を過ぎた、人生を経験した人間だから、先進国に対して怒りの気持ちなんかないし、君に対するそういう感情もない。自分の国の文化に誇りを持っているんだ。」
続けて彼はこう話してくれた。

「インカ時代の考えにはね、人生も世界もコイルのように回っている、という考えがあるんだよ。」

「ペルーは今、コイルの底辺から少しずつ上の方を目指してる。日本はもしかしたら、君の言うように頂上を通り越してゆっくりと下り坂を歩いている頃かもしれない。僕らは全て、このコイルの様に繰り返しの中を生きているんだよ。」

自分ひとりを一としてみるのではなく、

地球全体を、宇宙全体を一としてみる彼の(インカ時代の)考え方。
彼がいつも僕にご飯をごちそうしてくれ、頼まれれば僕の牛の面倒すら見てくれ、人生の時間の一部を、尊敬の気持ちをもって僕と共有してくれていることを思い返すと、心が動く思いだった。

明日の朝、僕は彼のチーズ工場を去る。
旅を続ける。
だがまたいつか、彼を訪れたいと思う。  


20141202