メニエール病にかかって今日で6年の歳月が経ちました!今井翼くんと同じ病気です。
メニエール病は耳の難病で一度かかったら治ることはありません。
病気になった原因は単純に頑張りすぎたからでした。
ダンサーを目指して突っ走っていた時の出来事で当時の闘病記や活動記事は2013年から書いてあります。
【夢を持つこと】
こんな夢持たなきゃ良かったとかこの夢がなかったら病気にもならなかったって思った時もありました。
でもその夢の渦中でたくさんの人に出会ってたくさんの新しい事に出会ってたくさんの刺激を受けて、芸能の世界にも足を踏み入れました。そこは決して良い事だけではなく、
事務所を契約して15万払った後にマネージャーと音信不通になったり、
公演5日間の舞台に出演してギャラが支払われない。給料が全て交通費で消える長期案件を説明なしでやらされたり、着ぐるみダンサーの仕事はキツすぎて着ぐるみの中でガム噛んでました笑
オーディションも山ほど受けました!
avexのボーカルADや舞台のキャスティングADを始め、ディズニー、USJ、a-nation。
エイベックス、ショップジャパンとインストラクター契約をさせていただいたおかげでTRFのSAMさんプロデュースのエクササイズプログラムは4年間担当させていただきました。ディズニーマウササイズの宣伝で芸人のジャルジャルさんとテレビ出演したり、その宣伝で福島県行ったり、企業展示会でデモンストレーションをやらせてもらったり、お台場冒険王で着ぐるみ着たり、、。
ほんとに1冊本が書けるぐらいの充実した人生を送って来れたのも全部ダンサーという大きな夢が中心にあったから。高校1年生の時に描いていた夢のゴールとは違う結果だけど、妥協ではなく、私の中で納得できる場所にたどり着けてやりたい事だけで生活したい!がこんなに幸せなもんかと実感しています^ ^
私はいくら身体が思うように動かなかったとしても病気を理由にはしたくなかったです。
フリーランスになってから軌道に乗るまではもちろんバイトもしてました。でも時給で働く事が悔しかったし、世の中の正社員にも負けたくなかったです。今は年収も年々上げる事ができ、やっと余裕のある生活が出来るようになりました^ ^
夢は叶える事よりも叶える過程が大事。
本気でぶつかっていけばその過程で得られるものはたくさんあってその結果、夢は変わっても良いと私は思う!
「諦め」でも「妥協」でもない「納得」に辿り着けばそれは決してカッコ悪い事ではない。納得に辿り着いたら夢を終わらせる事が自分にとっての強さになり、新しいスタートの幕開けになると思います!!
【実力よりも営業力】
自分のやりたい事とやれる事は別だと気づいてから人生が変わりました。
やれる事から業界に滑り込んでいって最終的にやりたい事につなげた方が早い。
いろんな仕事や業界に片足入れといた方が後々味方になってくれる事もあります。
生活費稼ぐためとはいえ、自分にとってプラスになるバイトやコネが作れるバイトを選ばないと時間がもったいないです。先輩からの仕事は争奪戦だった時代も今はなくなりつつあります。レスポンスが遅いと信頼を失くすし、レスポンスが早いと次は一番に仕事振ってくれる。先方が困ってる時に一番に手を貸して「またぜひよろしくお願いします」の挨拶を4年繰り返して今があります。多少の融通も効かせてくれるようになるし、強気のフィーも提案できるようになります。一番簡単で基本的な所も現代の若者には伝わってないんだなと思うとパワハラもセクハラもあった時代に生まれて鍛えられて良かったなと思います。いつか学校教育機関で道徳の特別講義を担当したいです!!
【プロとは】
病気を理由にしてたら私の夢は6年前にとっくに終わっていました。きっと一生後悔し続けたと思います。でも元に戻らないものはしょうがない。なら向き合っていこうと。受け入れる努力をしようと。
今年の7月頃からだんだん発作の間隔が短くなってきていて、最近は24時間元気でいられる日に大きな幸せを感じるくらい体調が不安定になりました。頼みの綱だった右耳まで聴力が下がり始め、薬を飲むのがめんどくさいとか言ってる場合じゃなくなりました。
私はこの仕事で人前に立って誰かが待ってくれている以上、プロとして体調管理も仕事のうちだと思っています。背景に何があろうと関係ないです。プロとアマの違いは実力よりもまずは心構えからだと思っています。常に元気な姿を見せ続けるのがプロだとも思っているので、熱も怪我も病気も全て隠し通してきました。
プロは言い訳しない。
人のせいにしない。
いつでも余裕がある。
夢を持った時から
プロとはなにかを一番にこだわってやってきたのでここはブレたくないです。
だから自分の体調に責任持てなくなった時には引退しようと思っています。
常に眠い。頭が重い。
朝すっきり起きれない。
バカだから全然気づかなかったけど、きっとこれは普通ではないかもしれないと最近気づき始めてしまいました。気づく余裕が出てきたのかもしれません。
その辺りも踏まえてこの先の覚悟は出来てます。
いつ終わりが来ても後悔しないような毎日を過ごしているつもりです。
【ありがとう】
病気も含めたくさんの試練を乗り越えてきたからこそ、常にポジティブでいられるし、なにを始めるにも成功しか見えないし、夢しか広がらないし、やればできるの答えしか見つからなくなりました。自分に自信を持つきっかけも自分を好きになれたのもこれがきっかけです。
左耳の聴力はもう一生戻りません。
耳鳴りとは死ぬまでずっと一緒ですきっと。
単調な診察も通院もだるいです。
月5000円の薬の価値が見出せません。
これ以上どうにもならないこと、元に戻る事を願って無駄な期待を持ち続けるのはもう疲れました。
思い通りに毎日が過ごせず、イラつく事もあります。ふとした瞬間に辛さが押し寄せる時もあります。
でもたくさんの試練の代わりにたくさんの幸せをくれました。
たくさんの勇気と自信もくれました。
寝れることにありがとう!
食べれることにありがとう!
歩けることにありがとう!
見えることにありがとう!
なによりも聞こえる事にありがとう!
全て当たり前じゃないです。ほんとに。
こんな思いに気づかせてくれてありがとう。
これからの長い人生、病気と闘うのではなく、共に歩んでいこうと決めました。
自分に弱い所がある分、「強く生きよう!」と思いすぎて弱音の吐き方が分からなくなったけどこの6年間で、
人を頼ること、人に甘えること、人を信じることも学びました。自分よりも自分の事を心配してくれる人がいる事を知りました。
私の耳の代わりになってくれたお客様もいました。音聞こえなくても目でリズムが合わせられるように頑張ってくれたお客様もいます。
ほんとにたくさんの人に助けられて支えられてここまでやってこれました。
気使われるのも心配されるのも苦手だから
逆に気使わせたかもしれないけど、ほんとにありがとう^ ^
みんながいなかったら私は今、こんなに笑えてなかったかもしれません。
【みんなの笑顔の理由が自分であるような人間になりたい】
取り返しの付かなくなる前に自分の身体、体調と向き合ってください。
自分の心と自分の身体は別の人間だと思って優しくしてあげてください。
本当にプロだったらファンやお客さんが心配しないように元気な姿を見せ続ける努力を一番にしてください。
休むのも仕事だと理解して下さい。
笑顔で居続けるのも一歩下がって余裕を持つのも思いやりを持つのも仕事のうち。
そこで初めて人に与えられる人間になれると思います。
いつだってお客様有りきの自分です。
私は純粋に運動そのものを、プログラムを、ダンスを楽しんで欲しいから余計な雑念をお客さんに持たせないようにしています。
世の中には同じ病気で苦しんでる人が山ほどいることも知っています。
鍛えてるスポーツマンの私だから乗り越えられているものの、普通の人だったら耐えられない辛さだと思います。
まともにご飯が食べられない日もあれば、耳鳴りで目が覚めたり目覚ましが聞こえない日もあります。
明日元気でいられるかどうかは私にも分かりません。
終わりが見えない事がほとんどです。
でもそんな時はどうか笑ってください。
アホみたいに笑ってください。
周りで辛そうな人がいたらとにかく笑わせてあげてください。優しい言葉よりもただ側で笑ってくれるだけで十分です。
当たり前の幸せが当たり前じゃなくなった分、人の3倍4倍は幸せを感じる瞬間があること。
健康で平凡な人生よりも私の方がよっぽど幸せだと思ってます。
だから生まれ変わってもまた同じ人生が良いです。
病気も含めて同じ人生が良いです。
病気になった事が私の人生の転機で好転するきっかけになりました。
マイナス以上の価値がここにあります。
前を向き続けるのは簡単な事じゃないけど、
この先なにがあっても私を救ってくれた自分自身の笑顔とみんなの笑顔、感謝の気持ちを忘れずに進んでいこうと思います。
泣いた分だけ笑いましょう^ ^
泣いた分だけ幸せになりましょう^ ^
泣いた分だけ夢叶えましょう^ ^
そう思えばたくさん泣く事も決してマイナスではないから!!
私のもう一つの誕生日。10月5日。
HITOMI