
今日は聖木曜日と言って
イエスさまと弟子達の最後の晩餐 最後の過越しを記念するとても大切な日でした
聖書中で唯一イエスさまが弟子達に「私の記念としてこれを行い続けなさい」と言われた事に従い
イエスさまの身体と血である パンとワインを受けイエスさまと一つになる事に感謝の祈りを捧げる主の晩餐の日でした
私達は日々この事を忘れませんが 特に今日この日 特別に神聖な心を持って聖なる食事を授かります
イエスさまの御身体を拝領すると言うこの行いの意味は とても奥深く多義的であり 簡単には説明しきれないのですが 今日はその中でも 一番重要な最もお伝えしたい教理を例え話でご説明したいと思います(解りにくかったらごめんなさいm(__)m)
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ここに古代に生きる空腹で死にそうなIZAが居たとします。
目の前には縄で繋がれた羊さんが居て すぐ傍にはナイフが置かれ 近くでは火が焚かれています
つまり 生贄を捧げる準備がなされているのです
でも 動物好きのIZAには自分の命を繋ぐ為であっても
かわいい羊さんを屠(ほふ)る事はどうしても出来ません
仕方がない このまま朽ちようと覚悟を決めて
最後に「羊さん、頑張って生きてね」と額にキスをして縄を解いてあげます
その瞬間に雷が落ち 旧い契約は新しい契約に変わり 聖霊が降り注がれます
自由になった羊さんは IZAを生かす為に 自ら炎に飛び込み その身を焼き尽くします
そして IZAは涙を流し羊さんに感謝しながら その犠牲を受け取り命を繋いで行くのです
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愛ゆえの犠牲
それがイエスさまの最大の教えであり
命の真実です
イエスさまの十字架刑は 過越祭の生贄の子羊だったと言う捉え方もあるのですが
それは正確には違います
イエスさまは過越された後に 自らの意思で 私達を救う為に犠牲になられたのです
つまりイエスさまと信徒にとってのこの受難、十字架刑は生贄と言う罪の産物ではありません
十字架上でのイエスさまの最後の「事は成った」の御言葉をもって 力による生贄の時代は終わり 愛による犠牲に救われる世界が始まりました
イエスさまはもう既に完全に勝利されているのです
信じるものは救われます
皆さま、どうか聖書をお読みになって下さい
これからイエスさまと出会う多くの日本の皆さまと同じ真実を共有し同じ世界で共に生きられますよう切に願っています

私達の命の糧
日々のワインとパンは
愛によって真実にイエス様の血となり肉となります
私達は神様の被造物の全ての中にイエスさまのキリスト精神が息づいている事を知っています
私達は神さまの被造物を愛をもって受ける時、イエスさまと結ばれ新しい身体と新しい命に生まれ変わります
今日の糧に 今日の命に 流された犠牲の血に 涙と喜びをもって心から感謝の祈りを捧げます
アーメン

また、(イエス)はパンを取り 感謝をささげてそれを割き それを彼らに与えて こう言われた。「これはあなた方のために与えられるわたしの体を表しています。わたしの記念としてこれを行いつづけなさい」。また、晩餐がすんでから 杯も同じようにして こう言われた。「この杯は わたしの血による新しい契約を表しています。それはあなた方のために注ぎ出されることになっています。」
ルカ22:19~22:20