子供の頃のお正月三ガ日間は着物
を着て過ごしてました
でもお転婆で羽子板(たまに羽子板が行方不明の時とかは飾り用の人形くっ付いたのを持ち出して裏側でやったり
)や駒(対戦ゲームとかはけっこう強いよ
手乗せは勿論 綱渡りとか色んな技が出来るよ)や凧揚げ(ゲイラカイト中心!和凧は難しい!)をするので
着崩しては直し 着崩しては直し してもらってました
N家の長男(私からしたら伯父さん)が 隣の家に住んでましたので
お盆やお正月お彼岸等は親族大集合で50人位集まっての宴会でした
まぁ 両隣とその隣と5軒ほど先にも親戚の家があったので いつも20人位の親戚(それぞれ子沢山なので)に囲まれてた訳なんですが
昔住んでたT区内でちょっと離れた所(車で5分位)にも結構親戚がいました(今も居ますが私が引っ越したので遠くなっちゃった)
いとこだけでも20人以上いるので 遊び相手には不自由しませんでした![]()
一番の仲良しは2つ年下のH子ちゃん![]()
近所に住んでて良く遊びました
書ききれない程の楽しい思い出があります
いずれ書こうと思いますので
よろしく~
昼間は体育会系でガンガン動いて 夜はトランプとかゲームとか花札とかマージャンとか大人達に混じって深夜遅くまで遊んでました
(お正月とかですよ!) かなり一人勝ちしちゃってました! いとこの今数学の教師してる子より全然強かったです![]()
男女比は6:4で少し男性の方が多いです
中学の時は同級生に男のいとこが二人いて
これがまた一人腕白で 学校では他人の振りをしてました
でも今思えば そんな いとこが居たことで 私の学園生活は少し守られていたのかもしれません![]()
今はあまり親戚付き合いはしていません(みんなはしてますよ
相変わらず仲良しです
)
別に揉めた訳ではないですが
身内からの愛は もう十分に受け取って これ以上の進化は無いって感じで
十代後半位から身内や同郷だけでかたまらずに 外に出て行きたいって言う意識が強くなってきて
違う世界 違う個性を求めて向かって行きました
自分の属する世界とは違う世界に住んでいる人達と関わりあいたい
受け入れてもらいたい![]()
外の世界に出てみて素晴らしい出会いや喜びトキメキがあったり
逆にとても辛い事があったりしました
生きていくと言うことは 本当に大変な事です
外に出なければ気付かない事が沢山ありました
偉そうな事ばかり言ってたけど
自分の子供時代がどんなに恵まれていたかも思い知らされました
人が助け合って生きると言う事の素晴らしさを理解出来ました
今の自分の居場所を守り続けるというのは 並大抵な事ではありません
真剣に全力で向かわなくては叶いません
私は その事に気付けなかったから 今こんな隅っこの方に居るのかもしれない
でも 大丈夫!あの頃の居場所は みんなが守ってくれてる
気付くのに遅すぎるなんて事は無いけど
引き返そうとは思わない
私は私の選んだ道で真剣に生きて行きたい
それが いつか みんなの喜びへと繋がるように
P.S. お正月編でしたが かなり話が飛躍してしまいました~\(^_^)/
